ふりゆくものは我が身なりけり

 きっかけは去年のクリスマス、チーママの愛娘アンナちゃんのピアノ演奏。そしてこの正月、日本棋院で開かれた打ち初め式には、昔おじいさんに連れられて千寿会に修行に来ていた奥田あやちゃんがいつの間にかプロ棋士らしくなって晴れ着姿で登場。年々歳々花は同じように咲くけれど、歳々年々人は変わりゆく。花誘ふ嵐の庭の雪ならで/ふりゆくものは我が身なりけり——。以来、私の心中奥深く、過剰なまでの「加齢意識」が巣食ってしまった。

 そんな春の宵、東京・日比谷で勤務先の同期入社組による同窓会が開かれた。出席者は20数人、男ばかり。出席率は3分の1程度、物故者が4人もいるのには改めてびっくりした。職種や勤務地が異なったりで数十年ぶりに見る顔もある。偉くなったのもいるし、私と同様、ひっそりと一隅を照らしてきた(乱してきた?)ようなタイプもいる。ま、人生いろいろ。

 このトシになれば、誰でも波乱万丈の物語がある(と格好つけたが、私にはない。何でやねん)。で、一人一人の近況報告。私の世代はおしなべて仕事や勤務先への愛着がかなり強い。長々と仕事の話ばかりが続けば辟易するが、私生活を交えた個人の内面的な想いは興味深い。水割りを飲みながら耳を傾けるうちに、いつしか私の内なる“妄想エンジン”が発動した。誰が最も若いか、“男前”の度合いを維持・発展せしめているか。同期仲間なればこそ遠慮・仮借のない、しかし心底愛情のこもる品定め。もちろん私は根っから品性高潔だから、「男っぷりを下げたのはどなたか」などと意地悪く詮索したりはしない。

 評価ポイントはまず頭髪。残量だけではなく黒白の色合いも重視する。さらに腹の出具合い、姿勢の良し悪し、服装、そして眼だ。鋭いばかりではダメ。奥深さ、優しさ、包容力、そしてオトナの色気を感じさせる、これぞ「熟年男の眼」でなくてはならぬ。ざっと半数は私より若く見えるし、遺憾ながら「男前点数」も高そうだ。中には熟成を経て俳優にしたいぐらい魅力的な顔になった憎い奴もいる。本人は口には出さないが、きっと充実した人生を送ってきたのだろう。

 同窓会の翌日、棋聖戦七番勝負の第6局が放映された。何と、昭和の碁聖・呉清源師が立会人の王立誠元棋聖らを従えて検討の輪の主役を演じられているではないか。当年93歳。かくしゃくたる姿、鋭い眼光。棋理の究明に身を捧げた仙人のようだ。現代の若い棋士の中から呉清源師のような存在になりそうな候補を探れば、もちろんこの人、ウックン名人・碁聖だろう。線が細いようだが案外長持ちして、半世紀もたてば呉清源師の再来と言われるかもしれない。

 人の顔には、年老いた頃の風貌を想像しやすいタイプと、幼い頃の面影が直ちに浮かんでくるようなタイプと両方ありそうだ。上に挙げたウックン、そして愛妻の泉美さんは両方の顔が浮かぶ。関西総本部で初段在籍記録に挑戦される(これは褒め言葉です!)木谷好美オバチャマと好感度ナンバー1の万波カナたんも含めて、日本では数少ないデュアルタイプだろう。以下、私の独断的見解をご披露させていただくが、何も善悪・美醜ではないから笑って読み流してほしい。ただし、たっぷり熟年の域に入られた棋士(大御所のチクリンや杉内のオバチャマら)、二十歳前の青少年は対象から除かせていただこう(敬称と段位は略)。

 まず、おじいさん顔がすんなり浮かび上がってくるのはチクン大棋士。そして高尾、羽根直樹、河野臨、レドモンド、森田、溝上、高野ら。NHKテレビ出演で男を上げた大森八段はやせるとたちまちおじいさん顔になるから要注意。棋院理事の信田六段は、古希を超えて今なお活躍されるプロ野球の野村監督のそっくりさんだ。対象外と言ったばかりだが、未成年の井山七段は既に十分おじいさん顔で通用する。おじいさん顔は知恵の象徴。是非とも誇りに思って欲しい。

 おばあさん顔の代表は女流棋聖位を死守したばかりの梅沢。小山、加藤朋子、岡田、甲田、大沢、原、穂坂、潘、中島、そして万波カナたんの妹のナオたんもこちらのタイプ。女性の場合はある意味で美人顔の証明でもあるのだから、絶対に怒らないでね。

 次は“男の子顔”。棋聖・山下を筆頭に、小林光一、王立誠、オーメン、依田、ソンジンと実力者に多い。石倉、神田、小松英樹、楊、黄孟正、小長井、蘇、秋山、加藤充志らもこの系譜。七段以下では、スジュン、黄イソ、松本(私のごひいき)、金澤秀男、鶴山(幽玄の間の企画や日本将棋連盟の広報担当などを務めていた千寿会会員の古作さんがそっくり)らが今なお少年期の面影を残してがんばっている。

 “女の子顔”は女流2冠のシェー・イーミン、ヤッシー、チネン、新海、巻幡、鈴木歩、そして向井3姉妹。中でも末娘のチアキ嬢は「少女」を突き抜けた愛くるしいベビーフェイス。先日テレビ中継された棋聖戦第6局では長姉のカオリさんとともに記録係を務め、髪の毛を伸ばして少しばかりお姉さんらしくなった姿を見せていたが、きっといつまでもコロコロと抱きしめたくなるような可愛らしさを失わないだろう。

 最後になったが、千寿会講師の方々にはなぜかコドモ顔が集中している。小林健二、ジョー、水間、王ユイニン、宮崎龍太郎各氏とも、ちょっと“妄想エンジン”を働かせればすぐに悪戯盛りの少年になる。指導碁でいつもコテンパンにやられているから、この際ズケズケと本音をさらそう。品行・学業とも優秀だったのはスイ(水間)さんとユイニンさんだろう。ただし(私と同様)“いい子ぶりっ子”だった可能性も高い。ジョーとリューさんは、ガキ大将として女の子をからかったり、あるいはいじめられている弱い者を助けたり、結構「いいカッコしい」だったかも。お父さん子の健二さんは時々周囲をびっくりさせるような才能を発揮するが普段は目立たず、ひょっとすると甘えん坊の泣き虫だったのではないかと考えると面白い(先生方、どうぞ笑ってこらえて!)。

 では、ご本尊のチーママと東の貴公子セーケンさんはどうだろう。お二人とも珍しくコドモ顔とロージン顔が同居されている。どちらかと言うと可愛らしい子供時代の顔を想定される人が多そうだが、むしろ私は、お二人は日本の文化を象徴する“美しく気品のある老人”になると期待している。チーママの場合は、国内、国外でのいろいろな体験、苦労が奥の深い品位を構築していくし、貴公子は今のイケメンが風雪を受けて独特の渋みを増していくと思うからだ。

 ただし貴公子には注文がある。今のまま歳をとっていくのではまずい。まず、やせ過ぎを解消しないと貧相に陥る。それにはもっと食べるべきなのだが、勝負師として日々精進されている貴公子にはなかなか難しいかもしれない。ならば、私が数十年間この身を削って蓄えてきた腹の肉を半分ほど進呈するのもやぶさかではない。もう一つ、貴公子は髪の毛が見るからに鬱陶しいほど多い。仕方がない。これも私が半分ほど分かち持つことにしよう。別に礼には及ばない。不肖の弟子ではあるが、真心込めた老婆(爺?)心からの忠告と好意の発露だから、余計なお世話と思わず是非とも真摯に受け止めて欲しい。

亜Q

(2008.3.22)


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