慈善家、ビル・ゲイツへ

ほんの少し前まで「世界一の鉄鋼メーカーは新日鉄」と思い込んでいたのに、いつの間にか世界一、二位を分け合っているミタル・スチール(オランダ)とアルセロール(ルクセンブルク)が突然(私にとっては)合併宣言した。全世界の1割強の鉄鋼生産を握る巨大メーカーの誕生。のほほんと馬齢を重ねる間に世界は激動しているものよ、などと感心していたらもっとびっくりさせられたのが、世界一、二を競う大慈善家同士の大合同。

その一方の主役、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが50代の若さで引退宣言したのにそもそも驚かされたが、愛妻のメリンダとともに後半生を慈善活動に捧げるとはカッコいい。しかもその途端、世界的に著名な米国投資家のウォーレン・バフェット氏が300億ドルの寄付を表明したから、「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」の運用資産は590億ドルに膨れ上がり、フォード(同116億ドル)、カーネギー、ロックフェラーといった旧財閥グループを圧倒的に突き放す最大の慈善財団にのし上がる。いやはや世の中は捨てたものではない。

となれば、たとえ下司と謗られても私は断固、勘繰らざるを得ない。何しろビルの趣味は碁だと言われるのだから。そう言えば碁とコンピューターはすこぶる相性がいい。コンピューターの父とも言われるハンガリーの大数学者フォン・ノイマンの情報理論をかじった我がポン友に聞くと、理論はまさに碁そのもの。“状態の乱雑さ”を表す基本定理とされる「エントロピー増大法則」などは、元を質せば19×19の盤上を表現したに過ぎ
ないそうだ(ホンマかいな?)。

「経済は文化の僕(しもべ)」と言われる。ビル・ゲイツなら膨大な運用資産の一部を必ずや碁につぎ込んでくれるに違いない。さて、何をお願いしようか。この際、「赤字続きの日本棋院や関西棋院に浄財を」などと姑息なことは口が裂けても言うまい。「碁を全地球上で振興する」——これこそ王道だろう。

まずは国際的な組織をつくる。日本からはチーママや由香里姫のようなエース級人材を惜しみなく投入したい。トーナメント棋士としての活動は犠牲にならざるを得ないが、ここは世界平和のため、人類文化の発展のため、この際、崇高な使命に粛々と殉じて欲しい。

次は囲碁の聖地(メッカ)づくり。千数百年にわたって育ての親の役割を果たしてきた日本に立地するのが最適だが、未来の巨大市場たる米国でもいいし、資材を投げ打って国際普及に心血を注いだ元本因坊・岩本薫氏を記念してブラジルあたりでも構わない。場合によっては、日本棋院が二、三年前に開設したばかりの囲碁の殿堂をそっくり移管してもいい。要は世界の耳目を集めることで、偏狭なナショナリズムは百害あって一利なし(もっとも私は既に何度か見学しているから心残りがないのだが)。

ところで、日本棋院ではこの6月末に新体制を決める選挙があったと聞いている。その結果をもちろん私はまだ知らないが、いつまでも「理事長代行」でもあるまい。正真正銘の「理事長」は是非ともビル・ゲイツへの使節団を派遣して欲しい。

亜Q

(2006.7.2)


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