ボビーに首ったけ

 「あんな古めかしいものはもうやらん、でもプレイすれば私は誰よりも強いだろう」――この3月24日、こんなカッコいいことを言ってのけてアイスランドへ立ったのは誰でしょう。

 そう、IT秀才どもが寄ってたかって最強プログラムを組み上げたスーパーコンピューターさえも軽く打ち負かしたチェスの大天才、ボビー・フィッシャーさん。どこだったかの国で違法の賞金を賭けてチェスの試合をしたとか、正式な手続きもしないまま東京に定住したいとか、よく覚えていないが何やら入国管理法違反だかに問われて東京に8ヶ月間も拘束されていた彼が、晴れて仮放免となって希望していたアイスランドへの旅立ちの日のセリフでした。

 こんな話を紹介したニューズウイーク(もちろん日本版)4月6日号によると、今彼が熱中しているのは“ランダム・チェス”。駒を最初に決められた場所に置かず、全く任意の配置からスタートするのだそうだ。具体的な方法がわからないが、さいころをシャッフルするような方法で初期設定を決めるなら配牌によって運不運が生じる麻雀に似てくるし、賽の目任せにせずに、定められたエリアの中に、ひと駒ずつ相手の出方を見ながら配置していくのも面白そう。まさに囲碁の“布石”の感覚、あるいは“自由置き碁”に似ているかもしれない。

 ボビーが「新しいチェス」に燃えているのは、「古めかしいチェス」の限界を肌で感じているからではないか。拘束されていた8ヶ月、彼は「新しいチェス」の大構想をまとめていたに違いない。嗚呼、そのさわりを聞かせてもらうこともなく、彼は遠くへ旅立ってしまったのだ――。

 そもそも、彼のような天才をなぜ日本から追い出すのだろう。囲碁・将棋と知的ゲーム文化の粋が集まる日本を舞台に“チェス革命”に余生を送るも良し、あるいはこの機会にすっかり陳腐になってしまったように見えるノバート・ウイーナー以来の「ゲーム理論」の再構築に踏み込むも良し。ひょっとして、囲碁こそ“究極の新しいチェス”と見込んで囲碁に挑戦する“ニュー・ボビー”の姿を見ることができたかもしれない。

 この際便乗して、暴論(と言いつつ確信犯でもあるのだが)をまくし立てさせて欲しい。つまり、彼のような天才に、小賢しい法律など持ち出して欲しくないのだ。殺人やら何やら悪意から生じる犯罪なら別だが、基本的に善意の行動がたまたま法令に合わないからといって、人類の財産であるボビーの活動や意欲を大きく損なうのは愚かしい限りではないか。古い話になるが、ついでにヨタロー前名人のNHK杯出場辞退問題も同工異曲。某プロデューサー主宰の事前の打ち合わせ時刻に何回か遅刻したことに起因したらしいが、語弊を恐れずに極論すれば、「自分になつかない天才にバカ殿様が腹を立てた図」に見える。

 話がきな臭くなった。実は同誌にはもう一つ、いい話が載っていた。まず、このセリフの話し手を当てていただきましょう。実にいい女ではありませんか!

 「男好きは昔から。男はイカレテいればイカレテいるほどいい。私は詩人とゲージツカとクレージーな男に弱いの」――。

 それではヒントを。ジャック・ニコルソンは彼女を「か弱い小鹿にビュイックを足して2で割ったような女性」に喩え、『トッツィー』を監督したシドニー・プラック監督は「謎めいたオーラをいつも漂わせている。そんじょそこらの男には手を出せない」と称えた。

 まだ、おわかりでない?えーい、ヒントの大盤振る舞いじゃぁ。彼女の代表的出演作。もっとも、わかる人なら一発でわかるけど、わからない人には永遠にわからないかも。

 『キングコング』『欲望と言う名の電車』『熱いトタン屋根の上の猫』『郵便配達は2度ベルを鳴らす』『ブルスカイ』『スイートドリーム』そして近作『ガラスの動物園』――。

 「加齢は美である」ことを、身をもって証明した人。ジェシカ・ラング、55歳でした。そうそう、彼女の好みからすれば、千寿会には有力な候補がいた。「根っからノーテンキ」を標榜されるかささぎさん、そして久しぶりに顔をのぞかせた、年上でも年下でも何でもござれのM師匠。幸い二人とも何とか英語を話せるらしい。思う存分、アタックしてみて欲しい!

亜Q

(2005.3.31)


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