童心

太陽の塔ALL Season 四季の彩りより戴きました)
 半月ほど前の日経新聞夕刊で、哲学者の梅原猛さんが「太陽の塔」で知られる芸術家、岡本太郎さんとの交流を書いていた。(以下、コラム「こころの玉手箱」からつまみ食い)

 大阪万博の後、仏文学者の桑原武夫さんを交えた3人で「天才論」を語るテレビ番組のリハーサル中、太郎さんが「梅原君、君は誰かお忘れじゃございませんか。君は『岡本太郎』と言わねばならないよ」とのたまうから、私(梅原)は「友人の発言だと値打ちがない。ご自身でおっしゃったらどうです」と返した。いざ本番になってどうするかと思っていたら、(太郎さんは)大きな声で「岡本」と言ったが後が続かず、か細い声で「かの子」とお母様の名前。皆、笑いをこらえるのに必死だった。

 別の宴席にご一緒した時には、芸者さんが「あ、太陽の塔の岡本さん」と寄って来たのを見て、「評論家は俺を認めんが、一般人は偉大さを知っている」と絶大な自信。芸者さんは「奇妙な塔」と思っていたのかもしれないが、「素晴らしい塔だと感動したのだ」と太郎さんは断言する。

 民俗学者の梅棹忠夫君に案内してもらって国立民族博物館を見学した後も、「太郎を真似した彫像がいっぱいあった」と言うから、梅棹さんが「400年も前の作品ですよ」と説明すると、「400年前から太郎を真似する人がいたんだ」とまったくひるまない。

 ある時は、「スキーの達人である自分は、アポロンのごとき肉体を持っている」と、上半身裸になってみせる。太郎さんが70歳を過ぎての話。そういう天真爛漫さを通して我が道を進んだ太郎さんは素晴らしい。「太陽の塔」を見ると、芸術家に必要な素晴らしい「童心」を持っていたのだと感じる。(つまみ食い完了)

 私はこの手の話が大好きだから、好きな棋士であるほど、もしかしたら表に出し切れていない生来の“愛らしさ”をあぶり出して勝手に賞味したくなる。とは言え、しょせんは私の妄想の産物、かなり的外れなことも多いのだが、まぁ読み流して欲しい。

 「童心」と言えば、オーメン元本因坊・王座が本因坊就位式の引き出物にした扇子に揮毫していた。まさにプロ棋士随一の童心の持ち主だが、本サイトで何度か書いたので割愛する。この童心が碁に現れると夢と創造性がたっぷりの素晴らしい棋譜が生まれる。ただし、勝負とはあまり相性が良くないように見える。優勢の碁を勝ち切ったり、コンスタントに勝率を上げたりする意味ではむしろ邪魔になるかもしれないが、碁の魅力を引き出す打ち出の小槌のような資質だと思う。

 オーメン以外では、男性ではまず依田元名人・十段・碁聖。最近小林覚元棋聖・碁聖と打った第33期名人戦リーグ開幕戦では、捨石に次ぐ捨石、世界で一人しか打てない“依田の碁”を披露して大向こうをうならせたらしいが、例によって楽観が災いしたらしく大逆転された。本を読んでいた子供がふとおもちゃ箱からお気に入りのおもちゃを出して遊び始め、庭を飛んできた蝶に目を奪われて追い掛け回し、茶の間に置いてあったお菓子を思い出してぱくつき、そのうち風呂に入って眠りこけ、終日(ひがな)充実した時を過ごす——内容的には(途中までだけど)本人も大満足の碁だったのではないか。

 もう一人は結城聡関西棋院九段。テレビ解説ではもうすっかりベテランのはずなのに、いまだに視線がもじもじしてどこか恥ずかしそう。昨年結婚したと聞いたが、どんなウソも奥さんの前ではばれてしまうだろう。顔つきは典型的な“囲碁オタク”。碁ばかりやってきたように思われるが、飛びっきりのトラキチ(阪神ファン)だったり、鉄道マニアだったり、カラオケも結構玄人好みの曲を思い入れたっぷりに歌い込むらしい(うまいかどうかは知りません)。

 女流の筆頭童心はガンモ(池田彩子元女流本因坊・鶴聖)さん。無人島に1冊だけ持っていく棋書を問われ「大矢浩一監修『棋道』(現在の『囲碁ワールド』付録」と答えて、根はさびしがり屋のオヤオヤ九段を歓喜させた。藤沢秀行さんにも可愛がられたらしいが、現在の段位制度になって初の九段棋士となった大先輩、藤沢朋斎九段との打ち碁自戦記にもおおらかな性格がよく出ていた。歌もマイケル・ジャクソンから大黒マキまでレパートリーは広く歌唱力も玄人はだしらしい。

 ガンモさんと絶妙なB型コンビを組むヤッシー(矢代久美子元女流本因坊)も面白い。趣味というピアノは長いこと「月光第一番」しか弾けなかったらしいが、自転車には乗れるようになったのだろうか。文章を書くのが好きらしいから、女流本因坊を手放した今、芥川賞挑戦作品に取り組んでいるかもしれない。

 千寿会にも童心を競う打ち手が多士済々。小林ファミリーの中で最も人懐こい健二さんはそろそろ大台を迎えようというのにいまだにお父さん子丸出し、聖健八段は教え子の子供たちに馬乗りされて髪の毛をもじゃもじゃやられて喜んでいる。元文壇名人2期の最長老ちかちゃんと、仕事をしながら柏市で囲碁普及のボランティアを続けるフジタさんの2人は歳の離れた奥さん(もちろん美人)を話題にすると頬を染めてテレまくる。かささぎさんのノーテンキ、たくせんさんの中国剣豪小説びいきなども人並みはずれた童心のなせる業に違いない。

 しかし何と言ってもこの人、数々の女流アマタイトルを獲得した歴戦の猛女N.Oのオバチャマにはかなわない。猛女はひとたび碁を打ち出すとにこりともしない。どんな相手でも全力を尽くして破壊する。棋力が相当離れていても置かせるのはせいぜい3子まで。もちろん感想戦でも決して負けない。千寿会後の飲み会でも「どうしてみんな途中からヨワヨワになっちゃうのかしら」と豪語するものだから、「それはオバチャマが怖いからじゃない」と誰かが口を出した。その時、猛女のご機嫌な顔つきが一変した。「私は怖いって言われるのが大嫌いなの、どうしてそんなことを言うの!」と本気で怒り出すのだ。猛女はこれまで碁に勝つたびに相手を怖がらせて来たに違いない。シタテなら誰だってウワテは怖い存在。そんな当たり前の用語にも鋭く反応して酒席を凍らせる。しかし、私だけは知っている。強い男にやさしくされたいといつも願っている猛女は、心の底でこう叫んでいるのだ。昔のアイドル歌手がはやらせ歌詞にあった「ひとこと言って、君可愛いね」と。

亜Q

(2008.1.28)


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