コンピューターの棋力

3月17日、電気通信大学が主催したイベントでコンピューターが元名人・本因坊に2連勝した。初めの5子局を11目差で敗れた武宮正樹九段は座り直したに違いない。しかし次の4子局も勝つどころか逆に差を20目に広げられた。確率的な考え方を基礎にする「モンテカルロ法」と呼ばれる戦法で堅く厚く、置き石の優位をしっかり守り切ったコンピューターの完勝らしい。対局ソフト「ZEN」の生みの親である開発者自身もこの結果にはびっくり。「いつの間にかこんなに強くなった。近い将来に先でも挑戦できるよう、さらに進化させていきたい」と意気込んでいるという。

将棋やチェスでは既にコンピューターがトッププロクラスに並んでいるようだ。駒の能力、配置といった人為的な初期条件があって差し手のパフォーマンスを計算しやすく、しかも相手の王(キング)を詰ませば勝負が決まるという短距離競走タイプだから、コンピューターがつけ込む余地が十分あったのだろう。これに対して碁は19路だから自由度と選択肢が多く、しかも評価が複雑になりそうなコウなども絡む。何よりも、部分的な優劣でなく最終的に地合いを比べるマラソン型。「当分人間には追いつけない」とみられていたようだ。

そして今、名人上手を相手に4子局をしっかり勝ち切ったコンピューターの棋力をどの程度に踏めば適正だろう。これまではせいぜいアマ五段クラスと評価されていたようだが、トッププロとの1対1の真剣勝負を制した今回の結果を見ると、どこに出しても通用する「天下六段」。置き石は3子、場合によっては逆コミも考慮すべきかもしれない、とザル碁の愚生は思い込む。

しかし、今回の結果だけで結論を急いでもいいのだろうか。失礼を省みず極論すると、「武宮九段」だからこそ負けたのではないか。勝ち負けにこだわらず常に自然な本手を選ぶ棋風だし、相手の癖を読んで奇襲をかますようなこともしない。コンピュータにとって「打ちやすい棋士」の一人かもしれない。先輩に当たる昭和の名棋士、チクリンご両所も、それぞれ「美学」「台湾の国民的英雄」というれっきとしたブランドが確立しているから、機械相手になりふり構わずに勝ちに来ないのではないか。同様に四天王の一人、高尾秀紳元名人・本因坊も含めて武宮九段にお付き合いするような気がする。

では、石田秀芳第24世名誉本因坊ならどうだろう。何しろ「コンピューター」の異名を持つ方だ。シタテ打ちの強さにも定評がある。自
らの存在意義に賭けてブランドやら本手やらにこだわらず機械を負かしにかかりそうだ。張ウ棋聖・王座も得意のコウ絡みの戦いに引きずり込んで機械を悩ませそう。チクン、コーイチといった名誉称号タイトルを複数持つ大棋士もチエと技の限りを尽くすだろう。知名度がいま一つで自己ブランドが未確立の若手にとっても大いなるチャンスだ。中国・韓国の強豪を倒すのも良し、コンピューター相手に元名人・本因坊の仇を打つのも良し。そのうちの1つを達成すれば一気に注目を集めることだろう。

千寿会の講師、K七段も頼もしい。3月24日の大盤解説の後、「5子だろうが4子だろうが機械をボコボコにしてみせる」と明言された。さて、どんな秘策を用意されているのだろう。将棋の元名人・棋聖、米長邦雄将棋連盟会長は後手番初手「6二玉」と指してコンピューターの迷いを誘ったが、結果はご案内の通り、平手で屈した。世界最強の囲碁ソフトと言われるZENは読みはしっかりしているし、人間と違って変な色気や欲はない。何子局であっても1目勝つことを目標にしてどんどん碁盤を狭めてくる。とても一筋縄ではいかないと思われるのだが、どのように碁をつくっていかれるのか、ぜひとも拝見したいものだ。

亜Q

(2012.3.28)


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