囲碁 PR のエンジェルたち

 花見とは、1本、2本ではなく群れ咲く「群桜」の下、眺めるだけでなく「飲食」を伴い、一人二人でなく大勢の「群集」で楽しむものを言う。すなわち「群桜・飲食・群集」の三つが揃っているのが花見である。花の観賞なら世界中で行われているが、三要素を備えた花見は日本以外世界中にない——「花見」をこんな風に定義し、連歌・俳句・川柳や能・狂言・歌舞伎、絵画・工芸・衣装・料理などを例に挙げて、「花見は数多くの上品な日本文化を育ててきた」と説く国際日本文化研究センター教授の白幡洋三郎氏の主張は物事にかぶれ易い私の耳にいつも快く響く。

 今年もまた、千寿会とその姉妹組織ハッピーマンデー教室の妙齢の美女、青年、オジサンらの混成チームは、「かささぎ」さんの勤務先・理化学研究所敷地内の一等席で花見碁会を開いた。橘の実を割ってみると中で二人の仙人が碁に興じていたとの「橘中の楽」のひそみに倣ってお洒落に言えば、「桜蔭の歓」。風流な「たくせん」さんが「花冷えの碁は花六で散りにけり」などと詠むから、「花よりもザル碁に興じる人ばかり/しづごころなく花は散るらむ」などと私は返す(もちろん返歌のつもり)。仲間内のこんな自画自賛はここを覗いてくださる第三者(賢明なる変人諸兄)の目にどう映るだろう。

 それはともかく、花見碁会は団塊世代より若い夫婦(恋人?)連れや二十歳前後の若者、さらに子供さんも含めて今年も観客を集めた。「碁ってなかなか風流なものだ」と感じ取っていただけたのではないかと、碁を打ちながら私は一人悦に入っていた。だってそうでしょ。私ごときザル碁アマが碁界に貢献できるとすれば、初心者の指導か碁のPRぐらいしかないのだから。

 PRと言えば、何はなくとも女性アマ(つまりお客さん)の自発的な行動が最も効くのではないか。私どもオジサン連中が束になって逆立ちしても敵わない。ぜひとも皆様にお知らせしたいのは、この3月11日、日本棋院八重洲囲碁センターで開かれたアマvsプロ対抗団体戦「ふれあい碁会」に着物で登場した「ハッピー4人姉妹」(マリ、マユミ、ミエ、リエさん)。プロ側は人気ナンバー1の梅沢由香里女流棋聖、蘇ヨウ国八段、巻幡多栄子三段、高梨聖健八段、鈴木歩三段、シェー・イーミン女流最強位ら8人、アマ側は12チーム、48人が参加した。その主役になったのが、プロチームに勝った「くマックス・チーム」(早大で学ぶイタリア人工学者と女子小学生3人で編成)と、この「4人姉妹」チーム。

 「4人姉妹」は国際囲碁普及活動のさなかに事故死されたドイツ出身のハンス・ピーチ六段(師匠はチーママ)が始めた級位者対象のハッピーマンデー教室の弟子たち(マリ主将はわずか3年ほどでれっきとした有段者になった)であり、花見碁会の主役メンバーでもある。仕事や家事を抱える彼女たちが当日早朝にマリ主将の家に集まって衣装合わせをし、朝10時に会場に出陣したと言うから、それだけでも努力賞もの。棋力自己申告制とあって戦績はいま一つだったようだが、揃って着物で参戦した姿が『日刊スポーツ』紙(3月14日付)に堂々写真付で報道された。妙齢の女性が着物を着て碁を打つ姿は美しい。それを周知させただけでも私的には最高殊勲賞を贈呈したい。

 しかも彼女たちは参加料を支払って参加したお客さん。ちょっとしたお洒落心から着物をそろえたのかもしれないが、結果として「囲碁は日本の美しい文化」であることを絶妙なタイミングで啓発してくれた。囲碁を愛すれど何の力もない私から見れば、彼女たちは「囲碁普及のエンジェル」に思えてくる。主催者側(つまり日本棋院や関西棋院)はもちろんこれまでにもいろいろなPR企画を実践してきたと思うが、アマ側、特に若い女性たちの自発的な行動には敵うまい。

 そう言えば10年以上も昔になるが、日本棋院が仕掛けた「碁族」はどうなったのだろう。何人かのプロ棋士におそろいのハッピを着せて全国普及に乗り出した大掛かりな策戦だったが最近は話も聞かない。財政逼迫の昨今、むしろ、こうした“ボランティア・エンジェル”を生み出す草の根的な仕組みづくりが必要なのではないだろうか。

亜Q

(2007.4.8)


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