入院見舞い

朝、たまたま夏休みを取って、家に居ると、碁敵から電話がかかってきた。 体を壊して入院しているという。もう2週間以上になるという。 ただ、もう2、3日で退院できるそうである。 私に電話を掛けて来るなんて、よほど暇を持て余しているに違いない。 気の毒なので、昼飯をとった後、折りたたみ碁盤と碁石を車のトランクに忍ばせて、 見舞いに行くことにした。

病室に入ると、碁敵はテレビの前に座って、 検査のために遅くなった昼食を一人寂しく取っていた。 無精髭を伸ばし、点滴のチューブを身に付けて。 しかし、枕元には棋書が積まれていた。 1階のロビーでしばらく雑談をしたところで 、おもむろに、「一応、碁盤と碁石を持ってきたんだけれど」と、切り出した。 「でも、疲れるでしょうからやめといたほうがいいかな?」と言うと、 「途中で止めるから」と言う返事で、盤石を車に取りにいった。

人の少なくなったロビーで、碁敵にとっては久方ぶりの対局が始まった。 点滴チューブを身につけて。握って私の白番。 碁敵とは何故かいつも黒を持った方が勝つ。案の定、相手の得意な形に引き込まれ、 中押しで負けてしまった。途中で止めるからという舌の根も乾かないうちに、2局目。 今度は私の黒番。いくら病人が相手でも、譲る訳にはいかない。 が、数えて私の2目半負け。これはどうしたことだ、 きっと心の底の「病人はいたわらなければいけない」という私の気持ちの優しさのせいだ。

碁敵はご機嫌である。「疲れたでしょ」とたずねると、 「入院していると頭も体も使わないから、夜寝られないんだよな」。 どうやら、今日は気持ちよく寝させてあげれそうである。 碁敵は力こぶを見せて、ニコニコしながら病室へ戻っていった。 点滴スタンドを転がしながら。どうやら、いい見舞いになったようである。

かささぎ

(2002.7.24)



もどる