ピョンピョンしながら帰ってきて欲しい

5月初めの3日間、ソウルで行われた第4回CSK杯アジア囲碁対抗戦で、日本は韓国、中国、台湾を相手に通算10勝5敗、優勝した韓国と同率2位と健闘した。

中でも、今や日本の中堅エースとなった「いつまでも青年・ユーキ」がいずれも横綱相撲で3連勝を飾り、棋聖戦の後遺症懸念を完全に払拭してくれた。彼はこの3年間のCSK杯で8勝1敗の好成績。天才にありがちな取っ付きにくそうな見かけとは裏腹に、“可愛い弟” タイプに私には見える。兄貴分のヨタロー碁聖らと一緒に戦うと張り切って個人戦より団体戦で調子が出るようだ。この2人に加えて、ハネ棋聖、ケーゴ天元、シンディー最多勝男らの最強メンバーは胸を張って帰国したことだろう。

それに引き換え、切ないのは2勝13敗と惨敗した台湾メンバーだ。それも5人のうち4人までが日本棋院の棋士。言わば身内同士だからより複雑。帰りの飛行機は同じ便だったのだろうか。日本勢と違って肩を落としての帰国だったとすれば、改めて勝負とは非情なものだ。スポンサー国は日本とは言え、来年からは最低2人以上は台湾棋士を選ぶなどの配慮が必要になるかもしれない。

そこで思い起こしたのが、プロ野球放送のゲストに呼ばれた時の“欽ちゃん(萩本欽一さん)”の感想。味方が1点リードした回に期待の若手投手が登板、四球、牽制悪投といった一人相撲の挙句、自らの暴投で同点にされた。迎えた強打者は何とか三振にとってチェンジになったものの、うつむいてダッグアウトに戻って来た姿を見て、「もっとピョンピョンしながら帰ってきて欲しい」と欽ちゃんは言ったのだ。

こんな時、ピョンピョンしながら帰って来る選手がいるとすれば、“宇宙人・シンジョー”ぐらいだろうか。監督やチームメート、そして多数のファンは何と思うだろう。「金輪際使わない」と激怒する監督や嫌味を言う先輩が多いかもしれない。もちろん、ファンのブーイングも少なくないだろう。

しかし別の見方もあることを、欽ちゃんが示してくれた。一流同士が戦えば、差は紙一重。ちょっとした弾みで勝負の帰趨はどちらに転ぶかわからない。片方が勝てば片方が必ず負ける世界にあって、結果に一喜一憂していれば勝負師は務まらない。むしろ選手はエンターテイナー。挑戦したか我慢したか、成功と失敗を分けたのは技芸の問題か心の問題かといった勝負の内容(プロセス)を態度・言動を含めてファンは評価し、感動する。

「1点のリードはフイになったけれど後は押さえて同点を維持した。僕はちっともめげてなんかいないし、味方を信じている。ゲームはこれから、またがんばるぞ」の意思表示が“ピョンピョン”なのだろう。少なからぬ私財を投げ打って、プロ野球の落伍者や挑戦しても受け入れてもらえなかった選手たちを集めて市民球団を作った欽ちゃんの目線はつくづく優しい。何だかうれしくなる。

チームプレーの野球や、一人が多数と成績を比べ合うゴルフなどと違って、碁は一対一の究極の果たし合い。今回のCSK杯に集まったような世界の一流同士が闘えば、チャンホ、セドル、古力、孔傑、ヨタロー、ケーゴ、ウックンと言えども、独り傑出した成績を残すのは至難の業だろう。裏から見れば負けは日常茶飯事。勝負事だから最も重要なのは勝数・勝率だが、敗戦の中身はもちろん、“敗者との絶妙なハーモニー” から醸し出された名局の誕生にももっと目配りしたい。

もう一つ付け加えたいのは、“勝負のスペクトル”を一点に集中する効果だ。あのシューコーは現役時代、発足したばかりの最大タイトル棋聖を“初物食い”するとたちまち5連覇を達成、実に効率よく名誉棋聖の称号を獲得した。しかしその間の年間成績は結構負け越しが多かったと言われる。

この例から見れば、国際戦に選抜されるほどの実力者なら、「出ると負け」を何回繰り返しても、ある時爆発して5連勝するかもしれない。満遍なく5割の勝率を維持するなら「2回戦ボーイ」の名に甘んじるところだが、うまく偏らせることができれば最上の美酒にありつける。

適当な間隔を置いて小さい地震が頻発すると大地震は発生しないと言われる。エネルギーがたまらずに小出しに消費されてしまうからだ。その意味で、国際戦に10数連敗を重ねたハネ棋聖には大爆発の予感がある。今回の勝利をテコにスペクトルが集中するかもしれない。

そう言えば私がまだHNを持たなかった頃、「碁の本質って何だろう」と仰々しいタイトルを付けて関連したことを書いている。よろしければお目を通してみてください。

亜Q

(2005.5.4)


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