木下強豪・吐血の譜(その3)

第2譜(58-100手迄) [89(84)]

前譜、白44から黒57まではかさぎさんも私もほぼ一本道に見えたが、木下さんは白56で右上ハネ出シ(14-三)て仕掛ける筋を読んでいた。その中身と変化はとても書き切れないが、「難解ながら白が少し無理」と見て木下さんは自重。実戦の進行はほぼ相場で、「白には不満がないが、と言って47以降は黒も変わりにくい」そうだ。木下強豪はアマ相手でもかなり長考し、1手もゆるがせにしない。だから我々二人のザル碁アマはプロ棋士相手以上に石を置かされる。ましてこの日は何たって由香里姫が相手だ。白58までに持ち時間の半分以上を既に消費している。ところが姫がここで大長考。何度もペットボトルの水を飲み、何度も脚を組み替えて読みふける。慶応大学の入試勉強されていた頃、高校3年生の姫はきっとこんな顔をして英語やら数学やらを勉強していたのだろう。消費時間がついに木下さんを抜いて放たれたのが、左下星の白にツケた黒59。実はザル碁の二人も予想は一致していたのだが、どれほどの膨大な読みが生まれ、捨てられていたかは知る由もない。以下は木下さんの自戦解説を箇条書きにして進めよう。

◆59からは黒に頑張られた。形は少し変だが白70では黒75の点に先打して左下の黒にプレッシャーをかけるべきだったか。実戦でも黒71(14-十七)とハサミツケてくると思っていたが手抜きで右下も荒らされては難しい局面。
◆白84以下は利かしかどうかよく分からない。
◆白90、92は黒から逆にケイマにかける利かしが先手なので逆ヨセのような意味で大きいが、右辺2線のツギ(18-十)も双方の石の強弱に関わり大きく、どちらが良いかは分からない。
◆黒93からの攻めは覚悟していたとはいえ厳しい。
◆白98、100は気合いだが、あらかじめ白13-六辺りに構えるのもあったか。

第3譜(101-148手迄) [37(29)]

◆黒103から白124までは白にとって不満の無い進行。ただ黒がどう打ったら良いかはよく分からない。
◆白132は打ち過ぎ。形勢が悪くないこと、絶対のコウ材が黒に多いことはわかっていたが、まだまだ難しい形勢と思い、気分的に後退するような気がして真っ向から受けてしまった。
◆白144が準敗着。後に打った白178に飛ぶべきだった。
◆白148が完全な敗着。後で考えると、8-十四トビや9-十六ツギでも容易に死ななかった。

第4譜(101-191手迄、以下略) [68(11-十七)、71(65)、74(11-十七)、77(65)、80(11-十七)、83(65)]

◆黒149となっては白は苦し過ぎる。ただ黒もやや安易で、白は182で15-十二に打てばもっと粘ることはできた(ちょっと混み入っているので意味は割愛)。それでも悪いが一応作り碁にはなったと思う。

黒211手を見て、木下さんは投了。対局者は二人とももちろん秒読み。終局時刻は6時半を回って外に出れば東京暮色。木下さんと我々ザル碁アマ二人は連れ立って六本木の赤提灯に入る。木下さんは見てくれはスマートだが、酒の席では気持ちがいいほどの健啖家。だが、この日は違った。酒ばかり飲んで食い物には目もくれない。検討会(あるいは反省会)は11時過ぎまで果てしなく続いた。女流トップにトップアマの意地をかけて挑んだ木下さんは、飲み会では笑顔を絶やさなかったが、心の内では豪腕・丈和に挑んだ赤星因徹の“吐血”の心境だったかもしれない。

亜Q

(2010.9.12)


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