第34期名人の就位式 その1

井山悠太第34期名人の就位式が12月11日開かれた。歴代最年少20歳の名人誕生、さらに名人就位式では初めて一般客に門戸を開放したこともあり、事前に応募して参加した囲碁ファン50人を含むざっと200人以上(私の目算)の来客・棋士・関係者が冷たい雨が降りしきる東京・日比谷の東京会館12階会場に大集合。千寿会からは千寿師匠をはじめ、ご自身よりはるかに強豪に成長した愛娘を伴った麹町夫人・えっちゃん、日本棋院が主催したハッピーマンデー教室で碁を始め、主婦業の傍ら瞬く間に二、三段クラスに駆け上ったM女、そして「棋力向上より友愛」をモットーに成長路線をかなぐり捨てたかささぎさんと私が参加した。

挨拶に立った井山新名人は、「3勝4敗で敗れた昨期の挑戦手合い経験が役立ち、今期は自分の信じる手を打てた。さらに世界トップを目指して頑張る」と表明。允許状を授与した日本棋院の大竹理事長は若い層への広がりを期待し、3700万円の賞金目録を贈った主催紙朝日新聞の秋山社長はチョーウ前名人が率直に語った敗者の弁を紹介した。来賓の関西棋院副理事長は、日本棋院関西総本部に所属する若き井山少年が関西棋院を訪れて“道場破り”(結城九段らを相手に27勝2敗)したことを、また産経新聞などで初代本因坊となった算砂の生涯を連載している小説家の堺谷太一さんは、算砂が16歳で囲碁日本一の称号を受けたこと、将棋の才にも恵まれ当時の将棋名人と互角に渡り合ったことなど興味深い話をご披露された。

乾杯の音頭は羽生善治将棋名人。「自分は囲碁の棋力は初段ぐらいだが、今期の名人戦挑戦手合いは一戦一戦が白熱し、プロの醍醐味を堪能させられた。新名人はこれから何十年も素晴らしい碁を見せてくると思う」とお祝いを述べた。師匠の石井邦生九段は新名人とのトークショーで「これまでの人生で一番うれしい」と喜び、「新名人が6歳の頃から指導してきたが、12歳になった頃には追いつかれ、その後20連敗したこともあった」と告白。新名人は「師匠にはまだ“ひよっこ”と言われる。世界戦に勝って師匠に報告したい」と恩返しを約束していた。

会場には元名人・三大タイトル者の大竹理事長、林、石田、武宮各九段、日本棋院理事を務める工藤元王座、神田九段、信田、久保両六段、関西から結城、後藤九段、退役された白江八段らに加えて若い棋士たちざっと50人ぐらい、アマ界からも緑星学園を主宰される菊池康郎さん、第46回全日本学生十傑戦チャンピオンに輝いた慶応大学の周仲翔さんらが顔を見せた。目移りする中で、まず声をおかけしたのは早熟のコンピューターとして時代を画した石田秀芳24世名誉本因坊。「僕は26歳、林さんは24歳で名人位を獲った。三大タイトル全体では僕が最も若い22歳で本因坊に就いたが、いずれも井山新名人に抜かれました」と教えてくれた。

井山新名人を抜くとすればこの人と、私がひそかに期待している18歳の村川大介五段も関西棋院から駆け付けていた。スケールが大きい本格派で、会場に顔を出されていた黄イソ七段(22歳)、李イシュウ二段(21歳)、内田修平三段(20歳)らと並ぶ日本囲碁界の若きホープの一人。でもなぜか、私がネットで彼の対局を観戦すると悔しい負け方ばかり。年上のライバル、三谷哲也五段(24歳)には新人王戦(中野杯だったか?)で大逆転を食らったし、最近もチクン大棋士や関西棋院の本田邦久九段ら大ベテランに敗れた。ついつい私は「せっかく強いのに、変な負けが多過ぎないか」と口走ってしまった。「まだ弱いからです」と村川五段は困ったように頭を抱えていたが、こんな憎まれ口を叩く変なおじさんを、きっと覚えてくれるだろう。

次は秋山次郎、溝上知親(共に32歳)両八段。秋山八段は初めてリーグ入りした棋聖リーグで4勝1敗の好成績を挙げて次期棋聖への有力な手掛かりを得た。私は秋山八段に「棋風は変わるのか」と問いかけたが、めきめきと頭角を現しつつある勝負師たる者がそんな企業機密をザル碁オヤジ相手においそれと開陳するはずもない。『週刊碁』に秋山八段が連載中の「活碁新評」や、彼が若い頃薫陶を受けた梶原武雄九段の話題でも出せばよかったが、もう遅い。それでも根っから優しい青年なのだろう。「今期リーグの結果を糧に、序列2位で臨む来期リーグも一生懸命頑張る」と約束してくれた。

一方の溝上八段にはなぜかもっと失礼に振る舞ってしまった。「石田名誉本因坊、高尾九段、井山新名人、秋山八段らはリーグ入りしてすぐに結果を出したけれど、マグマが溜まるのをじっくり待つタイプもおられるのですね?」とは我ながら汗顔の至り。溝上八段は以前に在籍した棋聖リーグは今一つはじけずに陥落。2度目のリーグ入りを果たした今季名人リーグの緒戦ではチクン大棋士に手痛い敗北を喫した。何ともひねくれた質問にさすがにちょっとムッとされた表情。私は慌てて「でも(加藤啓子五段との)結婚効果はジワジワと効いてくるものでしょう」ととりなすと、男前でなごやかないつもの表情に戻ってくれたが、何と私は直後にまた失言!「ところで私は時折高梨聖健八段に教えていただいているのですが、溝上先生から見て高梨先生はどんな先輩ですか?」と聞いてしまったのだ。本サイトで以前書いたが、溝上八段は昨年、棋聖リーグ入りへ の準決勝、阿含桐山杯挑戦を賭けた決勝でいずれも聖健八段に敗れた。「こんなことを第一線の勝負師に尋ねるなんて、どれだけ私は馬鹿なんだ!」と心中激しく後悔する私に、好漢、溝上八段は「彼は本当に強いんです」と静かに答えてくれた。ありがとう、その時私は溝上八段に確かに好感を抱いた。

「結婚効果」と言えば、安藤和繁四段にも余計なことを言ってしまった。「愛妻の中島美絵子二段はこれまで可愛いのが取り柄と思っていたけれど、なかなかの詩人なんですね」と。彼女のブログを見ての感想だけれど、どうもひと言多かったかもしれない。「彼女は世の中にめったにいないかけがえのないタイプだから大事にしてあげてね」となおしつこく加えると、安藤四段は「僕も結構変わり者だからちょうどいいんです」とにっこり。どうもご馳走様。末永くお幸せにね。

亜Q

(2009.12.12)


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