第34期名人の就位式 その2

会場の隅に快男児がもう一人、張リュウ七段(28歳)を見つけた。前日の富士通杯最終予選では新名人の大石を召し上げた剛腕の持ち主。強いときにはやたらに強いが、昨期の名人リーグでは1勝もできずに陥落。何ともメリハリの利いたさわやかさだが、それ以上に興味をひかれるのは、この10月軽井沢で日本棋院、関西棋院の延べ44人を集めた「第1回若手囲碁合宿」を主宰された行動力と人脈。朝6時半からランニングやサッカー、野球などで体を鍛え、9時から夜更けまで、食事を挟んで詰め碁テスト、対局、検討を延々と続けた。井山名人をはじめ、趙善津元本因坊、山田規三生元王座、柳元天元・王座、河野臨元天元、結城聡関西棋院1位らも駆けつけ、「中国、韓国に追いつかなければいけない」との危機意識から生まれた若手棋士同士による自主的な試みはすごい盛り上がりだったようだ。

私の数少ない欠点の一つに、敬意を持つ若手に対し、年上ぶってつい強がってしまう癖がある。この時もそれが顔を出した。拠り所は、この11月に亡くなられた大正12年生まれの梶原オワ先生。昭和から平成にかけて四分の三世紀を囲碁一筋に尽くされた碁界の大恩人。ついにタイトルを獲らずに終わったが、「それは碁を勝負と観ずに一種の学問とみなし、時を忘れて盤上にのめり込んでしまったから」と、テンコレ文士(もちろん中山典之六段)が最近の『週刊碁』に書かれている。「だから張リュウ先生、どこの国、民族が世界1番になってもいい。日本は常に一流であればいい(もちろん勝ってほしいけれど)」と私はほざき、「むしろ梶原オワ先生の言う“学問としての碁”を物理や数学と同様に、世界の若い人が協力して高めればいいのだ」と、おせっかいなノーガキを垂れてしまった。じつはこれは、張リュウ、林漢傑といった日本人ではない棋士が日本のために音頭を取ってくれたことに対する私のキクバリだとご理解いただければありがたい(言いたかないけれど)。

エラソーに能書きを垂れた後、私は相手の長所を認めて必ずフォローする。突然変なことを抜かすオジサンに目を丸くしている張七段に「そ、そんなにまじめに聞いてもらっても困るよ。張リュウ先生はいくつになっても私に年齢は追いつかないかもしれないけれど、私のアタマをすぐに追い越されるだろう。そう、頭髪の進み具合。若い人はどしどし先輩を追い越していくべきで、追い抜かれたからといって、私は先生のためにお喜びこそすれ、嘆くような女々しいことはいたしません」ーーそばにおられた鶴山淳志七段が大笑いされていたけれど、今度は鶴山七段(28歳)の番だ。

11月の千寿会に、初めて講師として顔を出された久保秀夫六段が棋聖戦予選Aでの対局を自戦解説された。その相手が6歳年下の同郷(熊本県)の後輩鶴山七段。平成16年に棋道賞勝率第1位に輝き、最近の『週刊碁』でも「これぞプロ!」と賞賛された実力者だ。中盤の入り口で久保六段の意表を突く鋭い1着を放って大石を召し取り、この結果を久保六段は少し苦戦に陥ったと見なし、鶴山七段は大きな成果を挙げたと評価した。この意識の差が勝敗に影響した(久保六段の話)。その後、鶴山七段に「もうお腹いっぱい」と意思表示する着手が相次ぎ、いつの間にか逆転したらしい。この碁の感想を私はしつこく鶴山七段に問い質したが、ご当人は笑い続けるばかりで答えず。ま、いっか。オトコマエの若者の笑顔が大好きな私は鷹揚に矛を収めた。

会場でお見かけした女流棋士は、このページでも何度かご紹介させていただいた渋沢真知子初段。「これまで就位式のようなイベントには顔を出さなかったけれど、最近心境が変わりました」とおっしゃる。これはとてもいい兆候だ。いろいろな刺激を受けて、近い将来やや遅咲きの花を咲かしてくれると私は信じている。このところタイトルから遠ざかっておられる大沢奈留美四段も同じような心境で会場を訪れたのかもしれない。

千寿会の卒業生、奥田あやちゃんも将棋の室田女流棋士とともに会場を回っていた。年齢は新名人より1歳年上の21歳。今期の女流名人戦リーグでは健闘むなしく陥落が決まったようだが、タイトル経験者のベテラン男性棋士を破るなど、新名人と同様に毎年力を着けてきているとの評判だ。でも、「強くなったね」とか「これからはシェ・イーミンさん(20歳)、向井チアキさん(22歳)、万波奈穂さん(24歳)らと女流四天王を目指せ」などとたきつけても、「まだまだです」と反応がいまひとつ。そんな時私は意地でも相手を乗せたくなる。そこで繰り出す伝家の宝刀。「しばらく見ない間にすっごくきれいになったじゃん!」これは効いた。おとしごろのあやちゃんははじけるように笑い転げ、1度だけ千寿会であやちゃんを負かした(おじいさんに連れられてきたあの頃は結構いい勝負でした)おじさんにかわいい手を差し出して握手してくれた。

亜Q

(2009.12.16)


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