碁会幹事の憂鬱

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敬愛する碁友の一人、黒ちゃんが思い詰めた顔で「相談がある」と言ってきた。ザル碁仲間の中で最年少の彼が永世幹事を務めている元勤務先OBを主体にした碁会をどう運営するか悩んでいるらしい。

盛況時には参加者が10人を超え入場料割引などの特典を享受していたのが、最近は4人の最小催行人数をそろえるのがやっとの有様。商売をしているメンバーのために「日曜開催」を原則にしているのに、当の本人がゴルフなどの先約を理由に休みがち。加齢とともに体調などを理由としたドタキャンも増えた。開始時刻も11時ごろから早めにスタートしたい人もあれば、ゆっくり昼飯を食ってからという御仁もいるから、早く来た人が1時間以上も待たされることも少なくない。当然のように開催日ぎりぎりまで様子見する人が増え、人数がなかなか決まらず、直前になって中止を知らせまわらなくてはならないこともあるようだ。

他人事のように書いたけれど、何を隠そう、私も幹事に多大なご迷惑をおかけしている当事者の一人。「馬齢を重ねた我々としては、この種の遊びごとはなるべく緩やかに運用して心身の負担を少なくしたいのが人情。それには母数を増やしておけば当日の参加者も当然増えると期待されるさかい、最小限4人の参加さえ見極めれば何もきちんと事前の段取りをしなくて済むんやおまへんか」てな軽い気持ちでいた。

ところが黒ちゃんによると「だからみんなが無責任になってしまう」と悲憤慷慨。2ヶ月に1回開催していつも次回日程を決めて解散しているのだから、体調不良なら仕方がないがゴルフなどの先約を理由にしたキャンセルは不可解。早めに(原則1週間前)に参加の可否を知らせてくれる人も減った。「楽しみにしているNHK杯観戦を犠牲にせずに週日開催にしよう」、「年4回程度でいいのではないか」、「大会形式にしてインセンティブを持たせたらどうか」、「誰某はどうも碁品が悪いから彼がいるなら辞退したい」といった雑音が非公式な場で交わされたりして、誠実一路の黒ちゃんとしてはにっちもさっちも行かなくなったというところのようだ。

苦悩の末に黒ちゃんが行き着いた結論は、ノーテンキな愚生の思惑とは正反対の「人数の絞り込み」。4人をコアメンバー、2人を準メンバーとして、例えば偶数月の第●日曜日、開始は原則11時といった具合に年間スケジュールを決め、不都合がある人は事前(2週間程度)に予告するという鉄の規律方式だ。

それを聞いて、これまでン十年に及ぶ人生を風の吹くまま気が向くまま“成り行き”で渡ってきた(ちなみに、女性にモテまくった作家の吉行淳之介氏は常にその場の“流れ”で行動することが多かったらしいが、本文とはまるで関係なかった!)愚生は深く感動した。黒ちゃんは北陸の必ずしも裕福ではなかった生家できちんとしつけられ、年老いた母親を助けつつ勉学に勤しみ、一流国立大学を卒業して日本経済の分析やら方向付けといったようなこと(愚生には理解できないからこんな表現になる)に貢献してきた。そして今なお、囲碁のほかにも植物やアートの分野で素人離れした趣味を愉しまれている。

碁の打ち方も、常に自分が得意とする戦法を真っ向からぶつけて来られる。生来、出たとこ勝負、相撲で言えば“なまくら四つ”の愚生は、どうせ棋理はわからないのだからいかに黒ちゃんの思惑を外すかだけに無い知恵を絞ることになる。嗚呼、「きちんとした人生」を送ってきた黒ちゃんと「いい加減な人生」を過ごしてきた愚生と、いかなる星の巡り会わせか、年に何回か手談を交わしていただける--。愚生にも神様が現れるなら、それはきっと身近なごくフツーの生き物として知らず知らずお付き合いいただいているのかもしれない。

亜Q

(2012.1.17)


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