女弟子

   江崎誠致   立風書房   1974.10

 これは小説ではない。囲碁小説である。
 普通、推理小説といったら、探偵でなくても面白い。冒険家でなくても冒険小説は読む。スポーツやスポーツドラマは、そのスポーツのプレイヤーでなくても見る。
 だか、囲碁番組は囲碁プレイヤーでない人が見ることはまずないだろう。この小説は碁を知らない人には、あまり面白くはないのではないか。そういう意味で「囲碁小説」といったのではないか。

 出版社に勤めている菊沢雅江は子供のとき覚えた碁を再開した。同僚や上役と碁を打つことにより、外の人とも知り合いができた。プロ棋士とも知り合い、定期的に教えてもらううちに愛が芽生え、どうやらその愛はゴールインしそう。

 碁の話を取ってしまえばこんな話だ。
 いくつか印象に残ったこと(重要という意味ではない)を書いてみる。
 この小説は「棋道」に連載された小説の改訂版である。いまから35年ほど前だ。小説誌では取りあげないだろうな。
 雅江の亡くなった夫は、結婚2年後、麻雀の帰りに雨に打たれ肺炎を起こし急死。小説では言っていないが、当時の下積みのサラリーマンは、いまのワーキングプアにちかい生活をしていた。仕事を選ぶことなどできはしない。そして長時間残業によってなんとか生活ができたのだった。麻雀も半分仕事かも知れない。その不健康な生活が、肺炎であろう。

 雅江が1級から始めた碁は、プロ棋士に定期的に教わるようになり、2子くらいは上達したころ、同窓会で美砂という女に再会する。美砂は碁を打つと言うので対局した。あっという間に6子まで打ち込む。
 ところが、雅江が5子おいている同僚に、5子でいい勝負。決して井目ではない。棋理は知らないが経験豊富な人にあるらしいのだ。
 その美砂の一般的な話として「碁が弱いからと見下す態度が気に入らない」。
 そう聞いたとき、雅江は美砂を見るとき、自分にもいくらかそんな気持ちがあることを反省する。
 これはわたし(謫仙)も覚えのあることだ。碁が弱くても人間的に劣るわけではない。それなのに、棋力で人を見てしまう。反省。

 昭和維新の歌というのが出てくる。その中に碁という言葉があるのを知った。
 歌詞を載せると著作権の侵害になりそうなので、必要なところだけ引用するが、初めのところは、

  泪羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
 これを「碧羅」「普山」と間違える話がこの小説にある。そして三番の終わりに、

  世は一局の碁なりけり

 この歌の作者は碁を知っていたのであろうか。また小説では言っていないが、泪羅は屈原が身投げしたところ。巫山は屈原のいた楚の険しい山だ。三峡下りをすれば、巫峡を通る。その近くである。風雲急を告げる様を表したのか。
 中国の故事に詳しい人なら、「巫山の雲」「巫山の雨」「巫山の夢」「巫山の雲雨」といえばある故事を思う。それが乱れ飛んだとは……、考え過ぎか。

 さて、雅江は全国大会の東京予選に出て、全国大会出場を決めた。だが当日体調が悪く欠場してしまう。ところが、欠場を決めると途端に回復する。どうやら神経性の痛みだった。そんな繊細な神経も持っていたのだ。
 雅江がはじめにプロの峰岸に教わったことは、次の二つ。

   ウソ手と本手を見分ける、碁の格言はすべて本手を教える。
   どれが強い石でどれが弱い石かを常に考える。

 こういう話が的確であるのは、作者の江崎誠致がアマの高段者であるからだ。プロ棋士との交流もあり、碁に対する理解度が深い。棋譜もあり教えられることが多い。
 江崎誠致はすでに鬼籍に入っている。次の作家が待たれる。内田康夫などその候補なんだがなあ。わたしは新井素子に期待している。「サルスベリがとまらない」の著者だ。
 劇画でも「ヒカルの碁」がヒットしたので、その次の作品が待たれる。

謫仙(たくせん)

(2008.11.24)


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