戦力外通告

愛知の高校を卒業後、西武、ダイエー(現ソフトバンク)、巨人などを経てシーズン、日本シリーズで何度かMVPを獲得した国内現役最年長野球選手・工藤公康投手(46歳)が9月初め、在籍する横浜球団から戦力外通告を受けた。今期は先発から中継ぎに役割を変え、9月15日現在で出場37試合、2勝2敗、防御率6.89。通算勝利数は歴代13位の224勝(139敗)。工藤投手は「横浜ではできなくなるけれど、どこかの球団から求められれば来季も最善を尽くしたい」と現役続行を希望しているという。

40代も半ばを過ぎれば、目も足腰も内臓機能も当然劣化する。若いころのような「成功したい」という願望、ハングリー精神も衰えるだろう。でも野球は個人競技ではないし、1回限りで勝負が決まるものではない。グラウンドに立つ9人だけでなくベンチ入りメンバー、さらに支配下選手全体で長いシーズンを戦い抜くゲーム。工藤投手にはまだまだ活躍の余地が残されているのではないか。「戦力としての価値」そして「商品としての価値」の二つがその根拠だ。

工藤投手は歴代の名投手の中でも投球フォームが美しく、無理がないと言われる。持って生まれた筋肉の強さ、柔らかさはもちろん、私生活や食事面での節制もプロ選手としての自覚が高いようだ。人によって寿命、体力、意欲に大差があるように、彼はアスリートとしての資質に並み外れて恵まれた人材。年齢を凡人と同様に数えたら失礼だろう。

この工藤投手を「戦力」にできるかどうかは、使い方次第だと思う。最近の彼は試合状況に応じていつでも登板する中継ぎ役に徹しているが、46歳の選手には体力・精神力ともにきつかろう。むしろ、6〜7日に1度ほどの間隔で3イニング程度を目安にしたスターターに特化させたらどうか。もちろん勝ち星につなげることは難しい。通算勝利数を少しでも上積みさせたいのは人情だが、今から歴代ベスト10入りを目指すのは無理だろう。本人が欲しいのは勝ち星より登板機会ではないか。

勝ち星の権利は2番手以降の投手に譲られる。ゲームが流れ始めているからプレッシャーに弱い若手投手でも自然に試合に入り込めるだろう。もちろん、たまには序盤に大量点を失って負け試合になってしまうこともあるだろうが、それならそれで投手を無駄使いせず、若手を試すなど明日の試合につなげるゲームをすればいい。毎試合勝とうとするから連敗しやすくなる。

先発・完投を目指した昔と違って、今の野球は先発・中継ぎ・セットアッパー・クローザーという具合に投手の分業が進んでいる。さらに進めて、先発を第一(スターター)と第二に分けてもあまり違和感がないはず。こうした戦いを受け入れやすいのは、弱小球団、特に投手のコマ数が不足しているチームだろう。その意味で現在在籍している横浜は最適だったと思うが、それ以外なら楽天、ヤクルト、広島、オリックスあたりが有望そう。

「戦力」以上に注目したいのは「商品」としての価値。「戦力外」を発表された後、初の登板となった16日の対ヤクルト戦では3点リードされた7回1死二塁で相手チームの4番、5番打者を仕留めて追加点を阻んだが、本拠地の1塁側ファンがフェンス際に大挙して移動、現役続行に執念を燃やす工藤投手の敢闘を称えたという。来期どこかのチームでスターターとして予告先発すれば、観客は大入りになりそうな気がする。

最近の野球は、工藤投手を筆頭に40代またはそれに近い選手の活躍が目立つ。阪神のレギュラー陣には金本、下柳、矢野が顔をそろえるし、ヤクルトの木田、中日の立浪、楽天の山崎、オリックスのローズ、巨人の大道らもまだまだゼニをとれる。精進を重ねて精一杯花を咲かせ続けて欲しい。

ところで碁は、野球やその他のスポーツはもちろん、内外の知的競技を含めても最も選手寿命が長い(雑記帳「囲碁年齢」)。碁界で工藤投手を探せば、大正9年生まれの杉内雅男九段が極め付け。率直なところ大タイトルを争うのは無理かもしれないが、杉内仙人は昨年11月、女流名人・本因坊を併せ持つ平成元年生まれの爆弾娘、シェー・イーミン嬢と激闘を展開、敗れたとはいえ年季の入った芸を見せてくれた(雑記帳「魅せてくれた年齢差70歳対局」)。大正15年生まれの岩田達明九段らも頑張っておられると聞く。

アマの囲碁ファンは圧倒的に熟年層が多い。大ベテラン棋士が若い人に負けずに活躍する姿に心打たれ、励まされる。要は「商品価値」の演出。例えば女流タイトル者や新初段の若者を相手にどう戦うか、仙人らが元気なうちにこうした特別対局を企画してもらいたい。

この7月、ホテルニューオータニで開かれたシューコー老師を偲ぶ会でお目にかかった大竹英雄名誉碁聖・理事長からこんな話を伺った。「リンちゃん(もちろん林海峯名誉天元)やボク(共に昭和17年生まれ)が四天王、河野臨、井山君らとタイトルを争えば碁界はすごく盛り上がるだろうねぇ」と。囲碁界最大の課題は若い囲碁ファンを増やし、国際的に普及することだと思うが、熟年層が夢中になっている姿を若者や囲碁後進国の人も注目する。ボケを防ぎ、いつまでも若い人と対等に息長く楽しむことができる最高の趣味(独断ですが)としての碁を、熟年層が中心になって輪を広げていくのが正しい高齢化社会のありようだと思ったりする。

亜Q

(2009.9.19)


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