プロ・アマの垣根を外す棋士

先方の顔と名前、あるいは職業や社会的立場ぐらいは知っているけれど、先方は私を知らない——そんな相手に初めて声をかける時、私のような古だぬきでも少しは緊張する。相手についての情報が多ければそれに応じた自己紹介もできるし話題も見つけやすいが、見ず知らずの人に対する“拒絶オーラ”が強く漂っているように見える人にはなかなか踏み込みにくい。

その意味で、棋士の中で話しかけやすそうな代表的な存在を挙げれば、一にオーメン(王銘エン九段)、二にヤッシー(矢代久美子五段)、関西ならチョッキさん(宮本直毅九段)。どなたもテレビや『週刊碁』などのコラムで人となりが何となくわかっているし、どんな相手、話題でも受け入れてくれそうな包容力みたいなものを感じる。プロとアマの垣根を自然に取り去って肩肘を張らない環境が周囲にできているような雰囲気なのだ。もっともこの人選にはこれまでお話しさせていただいた先生方は除外しているから、例えば知名度が碁界ナンバー1の由香里姫(梅沢五段)や新婚のこずちゃん(向井梢恵さん)、シューコー老師の一番弟子アベちゃん(安倍吉輝九段)、チクン大棋士やその愛弟子、スジュン兄貴(金秀俊八段)、そして関西ナンバー1のユーキさん(結城聡九段)らは登場しない。つまり、限られた情報の中での私の一方的な思い込みなのだが。

中でも、かねがね「センセイ呼ばわりはお断り」と公言されているユーキさんなどはシューコー老師の思い出、ライバルや先輩たちの素顔、中国・韓国の実力、碁界改革など硬派の話題から、歌やカラオケが好きで結構みーはちゃん的な側面ものぞかせてくれるし、少年時代からの鉄道マニア、無類のトラキチ(熱烈阪神ファン)、ただいま新婚生活初級者だったりで、仮に無人島に二人で閉じ込められても話す種に困りそうもない。

このユーキさんと並ぶ“プロ・アマの垣根を取り外す話題豊富な棋士”、木谷門下ではチーママの弟弟子に当たるオヤオヤ先生(大矢浩一九段)が8月22日の千寿会に登場された。千寿会がスタートした時の第1回ゲストだったからほぼ15年ぶり。テレビや新聞の囲碁解説でもお馴染みの明るいキャラクターと持ち前のサービス精神がよく知られるが、あいにくこの日は何年に1度という不機嫌な状態だったらしい。さっそくご指導願った私をはじめ何人ものザル碁アマ連をちぎっては投げ、またちぎっては投げ、当日最長老のJさんにだけ花を持たせていただいた。

聞けば二日前の22日、本因坊リーグ入りを賭けた最終予選決勝でユーキさんになすところなく敗れ去ったという。その前の準決勝ではチクン大棋士を破り、さらに準々決勝では名古屋を拠点に活躍中の実力派、中根直行八段と延々12時間の対局(持ち時間は各5時間)を勝ち上がり、8年ぶりのリーグ復帰を期して決勝で対決したのが、これまた8年前に共にリーグを陥落した因縁の相手。「今思えば初めからガチガチになって序盤37手で既に敗勢になっていた」とは、さぞかし辛かったのだろう。「おとといの夜から今朝までの二昼夜、何ものどを通らず夢うつつの状態でした」。

この話は会の後、狭い赤ちょうちんでの飲み会に引き継がれ、「三大リーグ入りを賭けた予選決勝はある意味で最も重い対局。少し前の棋聖リーグ入り決勝で絶対の勝ち碁を落とされた高梨君はもっと辛かったでしょう」と千寿会常勤講師、聖健八段への気配りで一段落した。不思議なことに、ここでオヤオヤ先生は立ち直られた。「さあ飲みましょう」の一言を合図に酒でも料理でも見ていて気持ちが良くなるほど次々と平らげてくださる。

当然、話題も縦横に広がる。17歳のお子さんがおられる私生活から修行時代の話、棋士の血液型はB型が多いこと、ご自身も書かれる観戦記については「自分は専門の記者に比べて文章もまずいし言葉も知らないが、中身では負けないつもりで全力を尽くしている」と棋士のプライドを覗かせてくれた。面白かったのは、オヤオヤ先生とはだいぶタイプが異なるように見える小林光一師匠との“確執”。「おまえは勉強が足りないし、そもそも勉強しようという態度がなっていない」と師匠から何度も破門の憂き目にあったらしい。

ということは、その都度師弟関係を修復されたはず。はて、人一倍ストイックな師匠にどんな妙手をもってご機嫌を取り結ばれたのだろう。ウックン・イズミ夫婦をはじめ、河野臨前天元、酒井真樹八段、金澤秀男七段らまじめそうな弟妹弟子に囲まれて、羽目を外しがちな長兄弟子たるオヤオヤ先生が打った手を凡愚な私が拝察すれば次のどれかだ。
1. 頭を丸めてこれからは「心を入れ替えて研鑽に努めます」と正面から謝った
2. 韓国の新戦法をいち早くマスターして師匠に開陳申し上げ、評価を取り戻した
3. 師匠に海外からの客が見えた時、得意の英会話力を駆使して通訳を務めた(千寿会に当日参加した欧州からの若い人を相手にさっそうと英語でご教授されていたのをしっかり目撃いたしました)
4. 師匠の弱み(例えば酒に弱いとか女性に甘いとか)を得意の気配りで何かとカバーして差し上げた
5. 師匠が落ち込まれた時、カラオケにお連れして小田和正の歌を次々にご披露してお慰め申し上げた——。

(間奏曲)

ところでオヤオヤ先生はご自身のブログやHPをお持ちでない。碁界随一の情報力と発信力を持たれるのに、何とももったいない限り。ところが先生いわく、「私はサイトの管理人などという柄ではないし能力もやる気もない」と。余談ながら、こんなところ(情報力・発信力を除いて面倒ぐさがりな点)は血液型も星座も先生と同じ私も似ているような気がする。そう言えばその昔、「MuramasA」とおっしゃる囲碁サイトのパイオニアの方のHPに「大矢浩一コーナー」があって、オヤオヤ先生は折々得意の文章を書き込まれていた。MuramasAさんは「次の1手」と野球のルールを巧みに融合させた「MLG」を創作、ザル碁の私も夢中になって投稿(もちろん別のHN)し、間違って「ホームラン王」になったこともある。オヤオヤ先生もアマと共にこの場に参加され、たまにはアマに花を持たせてくださっていた。もちろん「大矢浩一コーナー」も大好評だった。

そこでオヤオヤ先生とかささぎさんにご提案とお願い。特別な定住先をお持ちでない先生のコーナーを、姉弟子であるチーママを勝手に応援する当サイトの場におつくりして、気が向かれた時にお書き込み願うのはいかがでせうか——。ファンのためを思うオヤオヤ先生の侠気(おとこぎ)に期待するとともに、かささぎさんには「ノーベル賞への道」をまた遠ざけてしまうことになりますが、人一倍気がやさしく社会に貢献される貴兄のことですから、碁界発展のためきっと喜んで管理人を務めてくれはることでっしゃろう。

亜Q

(2009.8.29)


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