再開された感想戦

 9月末、兵庫県有馬温泉の「御所坊」で打たれた名人戦挑戦手合い七番勝負第3局(高尾挑戦者が黒番)の観戦記を務めた朝日新聞の伊藤記者によると、対局者の名人と挑戦者が終局後の感想戦を2度行ったらしい。(以下、10月20日付朝日新聞から引用)

 役目を終えたはずの夜の検討室に張と高尾が顔をそろえたのは21時半ごろだったか。2人による検討は、今シリーズ舞台裏の最大の見所と言っていい。
 名人と挑戦者という立場があり、名人戦期間中は、務めて仲の良いそぶりを見せていない気もする。だが、検討となれば話は別だ。互いの手の内を明かしながら実戦を振り返っていく。今回は約2時間続いた。
 検討の結果はとても書ききれないが、2人のやり取りが楽しかった。
 高尾「これなら黒がいいんじゃない?」
 張「いや、やってみないとわからない」
 大抵こんな具合で遠慮はない。基本的に自分の主張を曲げない人たちのようだ。もちろん、トップ棋士はこうでなくてはいけない。
 年齢の近い2人は、数年前まで一緒に研究会を開いていた。記者は当時の様子を知らないが、きっと同じような光景だったろう。(引用終わり)

 10月9日付『週刊碁』によると、208手で白中押し勝ちとなった本局の終局時刻は17時34分。直後の感想戦や軽いインタビューなどに答えて2人が自室に戻ったのは18時半ごろ。夕食や入浴を済ませ、呼びかけたのはおそらく、負けた高尾挑戦者ではないか。2人とも湯上りの浴衣姿(ウックンの着こなしをぜひとも見てみたい)。2度目の感想戦ではもはや名人と挑戦者ではなく、研究仲間同士に帰っていたのだろう。

 タイトル者と挑戦者が2度にわたって感想戦を行ったなんて、あまり聞いたことがない。死力を尽くして闘った敵同士。過去には感想戦そのものを回避した例さえあるという。大タイトル戦になるほど感想戦はあっさりと済まされ、敗者は自己の感情を抑制し、勝者は本音を包み込んで敗者をいたわる、といった儀礼的な意味で幕を閉ざすことが多かったのではないか。

 ところが、いったん自室に引き上げてからの再開するとなると、もはや真理探究の執念に突き動かされた求道者同士に見えて、敬意を感じないではいられない。敗者は対局中には封印していた熱い“想い”を口にし、勝者はそれを真正面から受け止めて忌憚なく自分の主張を開陳する。もちろん2人の想いは勝ち負けなどを超越し、棋理の上からどうあるべきだったのかに関心は集中する。いわんや、次の勝負に向けた駆け引きなど微塵もないだろう。日本碁界の頂点を競う2人の姿勢に改めて碁の素晴らしさを感じる。

 何を隠そう、ザル碁の私も感想戦は大好きだ。プロ棋士に教えていただく時も、(早めに投了して)むしろ手直しに時間を掛けたいクチだ。ただし、アマチュア同士の場合は相手による。波長の合う相手なら、新たな1局に入るより、終わったばかりの対局をあれこれ並び直し、派生対局を何局も繰り返すことさえある。こんな自分を私は“プロ棋士並みの求道者”、ちょっと謙遜して“勝負より納得を求める真理追究派”のはしくれと褒めてあげたいのだが、嗚呼無情、大半の碁敵がこの私をして“勝負にこだわる未練なヤツ”と蔑むのはなぜだろう。

亜Q

(2006.10.27)


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