14日昼、リコー杯プロペア碁戦準々決勝開始直前の会場。
O氏は私を探し出して「ついにわかった」と話しかける。
「珍理論」は完全に馬脚を現したのに恥らう風情もない。
「つまりだ、あれは白番が勝つことになっておるのじゃ」
場を弁えぬあまりにでかい声。あわてて制したがもう遅い。
対局前に心気を静めていたタケミヤ先生がニヤリと笑った。
一、二回戦は白番を当てて圧勝、そして準々決勝も白番―。
心なしか、相手側のイッシー先生の後姿が怒りに震えて…
いるように私には見えた。私のアンテナは天下一品なのだ。
私は妻であれ子供であれ、言いたいことは言わせる主義だ。
言葉をぶちまけたくて喉が膨らんでいるO氏を片隅に誘う。
堰を切ったように、O氏は早口の関西弁をまくし立てる。
ここへ来る電車の中で、新たな珍説をかき集めたのだろう。
「ペア碁は必ず♀黒⇒♀白⇒♂黒⇒♂白の順に着手する」
「問題は♂⇒♀への手順。この急所は白番が握っている」
だからどうなの、今は女性上位の時代、性差別じゃない!
「いや、前にも言った通り、ペア碁ではやはり男性上位」
「一般論だが、女流は多少遠慮するし時間つなぎも打つ」
「仮に♀黒が時間つなぎなら、次の♀白は当然の受け」
「逆に♀白が時間つなぎなら、♂黒が受けさせられる」
「♂黒が強手を繰り出しても重要な最初の対応は♂白」
「逆に♂白が時機を見て強手を放てば次の♀黒は困る」
女流棋士には怒られそうな屁理屈だが、これはO氏の話。
眉に唾する私の表情を見て、O氏はデータを持ち出した。
「一回戦は白番の5勝3敗、二回戦は何と7勝1敗!」
得意を隠そうとする彼の癖、努めてさりげない口調だ。
会場内で進行する準々決勝線を見回りながら彼は解説する。
「ほらご覧、白番ユーキの自信に満ちた伸びやかな手つき」
「イヅミもミツルもイッシー、リッセーに臆するところがない」
「O.トモコもベテランの味、難所は巧みな時間つなぎだ」