偉くなる男の条件

 最近、銀座にいらっしゃるお客様を拝見していて、成功する男性のタイプが変わってきていると実感します——。と、聞き捨てならぬことをのたまうのは銀座のクラブを経営するますい志保ママ。1992年に明治大学仏文科を卒業、94年に会員制クラブ「ふたご屋」を開店、本業の傍ら執筆にも勤しみ、著書『いい男の条件』(青春出版社)が30万部を超えるベストセラーになっているそうだ。最新の経済誌『プレジデント』(5月5日号)が「銀座ママが見た『偉くなる男』旧型vs新型」と題して志保ママをインタビューしているので、以下つまみ食いさせていただく。
 
 少し前まではいわゆる「俺について来い」タイプと言うか、強力なリーダーシップを発揮する人が出世していたものでした。ところが今は、周囲の共感を得ながら進むタイプのほうが成功を収める傾向にあるようですね。成功する人は、必ずいいブレーンを持っています。人の意見にきちんと耳を傾けられるから、上からは引き上げられ、下からは押し上げてもらえる。いい男は人こそが財産だということをわかっています。義理人情に厚く謙虚で誠実だからこそ、ますますいい人が寄って来るのでしょう。

 誰が何と言おうと自分の道を突き進む人や、目的のためには争いも辞さないタイプが成功すると信じられていたのは組織がピラミッド型だった頃のお話。自分が中心になって人々を回していく現代の「コマ型組織」では、いかに周囲の人を巻き込めるかが勝負なのです。伸びる男はむやみに敵をつくりませんし、敵だった人たちさえ味方に付けてしまうものです。

 ここで引用を中断、「フン、もっともらしいことを抜かしおって」と反発を感じられた向きもあるかもしれないが、実はここからが快いくだり。耳の穴をかっぽじいて、いや目を皿にして読んでいただきたい。(以下、引用に戻る)

 最近どうも、若い頃から囲碁をなさっている方に成功者が多いように思います。囲碁というのは、いかにうまく石をつないで領地を広くするかが勝負でしょう。わずかな石を取った、取られたと言って騒ぐのではなく大局で流れが見えている人が勝つ。仕事人生もこれと同じことが言えるのではないかしら。

 いい意味で妥協することも必要でしょう。ビジネスを成功させるには、時には意見の違う相手にも歩み寄れる部分は歩み寄って着地させなければなりません。乱暴に急降下させるのではなく、いろいろな人の意見を聞き、誰のプライドも傷つけず、フワッと着地、いわばソフトランディングが上手であれば最高でしょうね。(中略)

 囲碁を嗜むような方は、勝つためのルール、定石をたくさんご存知です。だからこそ、ビジネスにおいても一つの勝ちに固執しない。何十年か後に勝つことさえできれば今日明日の勝敗にこだわらないところがあります。(一部略)時に撤退することは、決して敗退ではありません。負けるにしても明日につながる負け方をすればいいんです。

 志保ママはこの後も「偉くなる男」について薀蓄を傾けるが、引用はこのあたりまでにしておこう。ここまで書き進めるうちに、古い流行り唄が耳についてきた。昔の上司が酔うと必ず歌った田端義夫の『大利根月夜』——「愚痴じゃなけれど世が世であれば〜殿の招きの月見酒〜男平手ともてはやされて〜今じゃ今じゃ浮世を三度傘〜」。講談や浪曲でおなじみの『天保水滸伝』に登場する剣客、平手神酒(ひらて・みき)みたいに遠吠えしているザル碁の身には、そろそろ居心地が悪くなってきたようだ。ま、人生いろいろ。

 それにしても、志保ママは実際に碁を嗜まれるのだろうか。ザル碁の私から見れば、志保ママはいかにも碁の機微を熟知しているように見えるが、あるいは碁を打たないのに銀座ママ特有の勘で碁の本質を探り当てているのかもしれない。

 昔の棋士は結構銀座界隈を闊歩していたようだ。元文壇名人2期の千寿会友、ちかちゃんによると、サカタ・シューコーといった昭和の名棋士がその双璧だったらしい。当時は太っ腹のタニマチががたくさんいて、芸を磨くと称してお大臣遊びが幅を利かせていたのだろうか。最近の棋士はどうか。大スポンサーをつかまえている人は結構遊んでいるかもしれないが、若手はあまりご縁がないかもしれない。志保ママは「今はまだ若くてお金がない方でも、たまには自己投資の意味で高級な店に行かれてみてはいかがでしょう」とお誘いをかけていなさるのだが。

 それはそうと、我がごひいき棋士の一人、依田紀基元名人はタイトルから去った今、『大利根月夜』を浪曲調で毎晩うなっておられるのではあるまいか。ひょっとすると、あのチクン大棋士もかな?

亜Q

(2008.4.15)


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