七番勝負はまだまだ終わらない

第32期名人リーグ、三村智保(黒)−彦坂直人戦
 「囲碁界の馬車馬記者」を自称する松浦孝仁記者が、朝日新聞の名人戦リーグ「三村智保(黒)−彦坂直人」戦観戦記の最終回(2月6日付第7譜=総譜)の最末尾を「彦坂礼賛の観戦記になってしまった。三村ファンの読者にはお詫びいたします」とまとめていた(敬称略)。

 ご存知の方も多いと思うが、同対局は黒番三村の1目半勝ち。序盤に飛び出した彦坂の新手(1月22日付『週刊碁』は賛否入り混じった「奇手」と表現している)白16を境に両者が虚々実々の駆け引きを展開、「黒打ちやすそう」との評価が多い中で「終盤まで黒に当確ランプはつかなかった」(蘇ヨウコク解説者)らしい。

 松浦記者は局後の検討に触れ、「予想通り白16には触れられなかった。敗因を白16に求めなかったのはさすが。工夫に失敗はつきもの」と敗者を労わる。そしてこの白16について、「序盤はどう打っても1局という言葉を証明してくれた。研究済みかその場のひらめきかはわからない、観戦棋士らの評判も悪かったけれど、それを大舞台でしっかり披露してくれる姿勢がうれしい」と賛意を示し、「彦坂先生だから打てるんです。並の棋士ならとっくにつぶれています」との別の棋士の話も紹介している。

 さてそこで、覚挑戦者にとって最悪の2連敗スタートとなった棋聖戦七番勝負2局の綾を、ザル碁の私が妄想した中身をご披露させていただきたい。的外れは百も承知。本サイトの読者ならこれも“酔狂”とおゆるしいただけるのではないか。

 恥を忍んで、細木数子さん流に結論からズバリ言わせていただく。1、2局とも、序盤から中盤への入り口で棋聖が捻った「コスミ(不正確な表現ですが)」が勝着になった。挑戦者は両局面で「こだわりと反発」(『週刊碁』1月29日付が使った中タイトル)を示し、結果的にいずれも武運つたなく敗れ去った。

 第1局は白46までの右上の折衝で白が黒7子を取り込み、黒が外勢を得て一段落したと思いきや、黒47と1線に放り込み、白48取りに黒49と当て返した場面。黒47で48に下がれば普通と解説者が言っていたから、ここでは黒49を敢えて「コスミ」と表現させていただいた。

 ここで封じ手番を迎えた挑戦者は、右上19の一に置いてすぐ取り切らず、右下白50とコウ材づくりで応じた。この時点で挑戦者は、黒49の1路上12の二(後に実現する白108)に白が切っての大コウが本局の決め手になると直感したのではないか。その後、白に「信じられないミス」(『週刊碁』1月29日付による白100)が飛び出し、せっかくの狙い白108が無理仕掛けとなって負けを早めたようだ。

棋聖戦第2局、小林覚九段(黒)−山下敬吾棋聖

 第2局は、左下からの戦いが左辺と中央に燃え広がりそうな場面で黒57(左上星)と左上の白の受け方を問うたのに対し、地に辛くカケツイだ(三々=白88に固ツギが普通だから、ここでは「コスミ」と呼ばせていただきます)白58(2の三)。

 その後、中央で切り結んだ黒2子と白1子が競り合い、白80と左辺に手を戻した瞬間に左上黒81と割り込んで白84と固ツギした局面で、黒は解説者(河野臨天元と結城聡九段)が「白3子をとりかけに行きたい」と推奨する9の七(白86)には目もくれず、黒85に押さえた。黒87からの決めが気持ちよく、白58を悪手にした流れでだが、白86を許したのが逸機(『週刊碁』2月12日付)だったらしい。

 こうして「どこがシッポか頭かわからない」(同)局面で、中央右側で12の五にツケた黒137が敗着になった。せっかくその後に飛び出した黒141の妙手の効力を黒137、139と白138、140の交換が大きく殺いだと、同紙が断じていた。

 私はつくづく惜しいと思う。この4手の交換がなければ、黒141(本来なら黒137となるはず)は歴史に残る妙手として輝いたのではないか。覚さんは確かに碁に負けた。しかし、新聞、テレビ、インターネットの解説を担当した一流棋士誰もが気づかなかった、白の腹中から動き出す黒141の妙手をこの世に生み出した。この一手を目の当たりにしただけで、挑戦者の凄みを感じさせてくれる。敬吾棋聖もびっくりしたのではないか。

 七番勝負はまだまだ終わらない。

亜Q

(2007.2.7)


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