夢二夜  〜 千寿師匠の悲愴ソナタ 〜

1週間に手合いが2回というのはプロ棋士にとって結構珍しいらしい。 ところがこの5月後半の2週間、千寿先生は4局の手合いがあったという。

第1週の相手は首藤三段と井口七段。 片や入段して間もないのに順調に昇段を続ける21歳の成長株との早碁。 一方は改名して心機一転、快進撃を続ける32歳の若手実力派との天元戦予選。

手合いの前日、千寿先生は久し振りに愛弟子ピーチの夢を見たという。 ピーチは棋院の対局室に落ちていた消しゴムのようなものを拾って手合い係に渡す。 千寿先生は思わずピーチに呼びかける。「最近どうしていたの、元気なの?」 ピーチは答えない。ただ、じっとこちらを見るだけ――。 手合いの最中、千寿先生の目はずっとウルウルしっ放しだったという。 そして二人の若者に、当然のように白星を献上。

第2週の相手は武闘派の代表格、宮沢九段と最強女流棋士の一人、青木八段。 今度もなぜか、手合いの前日、ピーチが夢枕に立った。 「僕も打ちたい」――さびしそうな顔で千寿師匠にそう訴えていた。

武闘派ゴロー九段との布石は、何とピーチ愛用の定石になった。 小目の黒へ白が1間高ガカリ、黒2間高バサミ、白ケイマガケ、黒ツケコシ、 そして双方が切り結ぶのっぴきならない進行。 手合いの間、千寿先生は何度もトイレへ立って泣いた。 「ピーチが打っているのだ」と思うと涙が止まらなかったのだ。

無我夢中で終えたゴロー九段との王座戦二次予選とキクヨ八段との女流最強戦。 それぞれ白番、黒番と立場は変わったが、いずれも5目半余して連勝。 7日の千寿会でこの話を披露した千寿先生はまた目頭を熱くしていた。

14日はハンス・ピーチを偲ぶ会が日本棋院で開かれる。

亜Q

(2003.6.7)


もどる