わが偏見〜“最強プロ” はこの方ではないか ①

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。ムハマド・アリに変身した私の前に、力自慢の地元の強豪イノキは息も絶え絶え。軽く利かした石を次々に捨て、背中の厚みを背景に足早に展開して盤面5〜10目ほど余す。これぞ私の碁の真骨頂。既に勝負はついた…はずなのに何という悪辣非道。「最後のお願い」とやら、変なところに石を置いてくる。こんなところで考えていたら男が廃る。多少譲歩しても地合いは大差だが、生意気な白石には懲らしめが必要。ところがここでちょっと滑らした私の足に瀕死の強豪が火事場のバカヂカラでむしゃぶりつく——。

 そして今日もまたいつものお約束。ウソ手だらけの寝技に持ち込まれたムハマド・アリはあえなくバカヂカラ・イノキにフォールされ、終始保っていた大差のポイントをチャラにされた。「いやぁ、ここは初めから狙いがあるところだったからねぇ」などと強豪は扇子を一振り、二振り。顔をまだ赤くしたまま、ついさっきまでの大苦戦などそ知らぬ表情。苦し紛れに振るったラッキーパンチのお陰とは絶対に認めず、すべて予定の行動と言わんばかり。

 私はオトナだ。「ザル碁の私をもっときれいに負かせてみせろ!」「こんな勝ち方ばかりで恥ずかしくはないのくゎっ!!」とノドまでせり上がってくる叫びを辛うじてこらえ、「でも下から受ければ何ということはありませんよね」とだけ返す(もしかすると、涙ぐんだ目をしっかりと見られてしまったかもしれない)。「いや、でもきっとこうくるだろうと思ったから」と強豪。要するにこの私に、「お前は間違える、ゆえにお前なのだ」とでも言いたいのだろう。結局、感想戦でもケチョンパンにやつけられ、私はむなしさのみを噛み締める。敗北感に打ちひしがれた時、少年時代にいつも抱いた夢想がふと、私の胸に蘇る。「そうだ、ウルトラマンに頼もう」。

 ウルトラマンはもちろん正義の味方だ。どんな手を使ってでも勝ちにくる汚い悪徳アマ強豪にきちんと懲らしめの鉄槌を下してくれる。となればこれは、一握りのトップアマを除けばプロ棋士でしかあり得ない。プロ棋士と言えば、誰もが小さいときから叩き込んだ(意地とか負けず嫌いとか)独特のDNAを持っている。実利と名誉をかけた舞台に上れば、ある程度のハンディを与えてもアマに負けるはずはない。しかし見返りがそれほどでもない場合はどうか。影も日向もなく、どんな時でもアマを懲らしめるウルトラマンは誰だろう。

 昔から著名なのはカミソリ坂田と石田24世名誉本因坊。プロ同士でも強いのだから当たり前だけど、それぞれのライバル、高川・藤沢、竹林・加藤・武宮らと比べてもアマに対しては桁違いの強さだったらしい。さらに付け足せば、木谷道場の師範代・梶原とチクン大棋士。梶原オワ先生はアマとの指導碁対局の序盤、40分ほどの大長考をしたと伝えられるし、チクン大棋士は本因坊10連覇の最中、アマ本因坊とのお好み対局で3子にまで追い詰めたという。今はリーグ戦の常連になった坂井秀至プロがアマ時代に3子の置き碁を嫌って対局を辞退したとか、中園アマ本因坊が自由置き碁で最盛期のチクン大棋士を撃破したとか、印象に残ることも多いが、残念ながら私は実際に教えていただいたり、傍で見たりした経験がない。限られた私の実体験の中から、最強プロは誰なのか、わが偏見をご披露させていただこう。(敬称略、続く)

亜Q

(2007.3.13)


もどる