貂蝉拝月(ちょうせんはいげつ)

黒 小嫦娥 六目半コミだし
白 謫仙

 小嫦娥(しょうじょうが)は前に観月対局で紹介したことがある。聖姑たちとは休みの日が違うので、顔を合わせることは少ないが、今日は仕事を休んでの来楼であった。棋力はおそらくわたしより上であろう。
 いま黒が▲を打つ前は、白は黒2目を抜き、それで互角ではないかと思っていたが、アタリに気が付かず、白1と打ってしまった。
 いつでも2目を抜けるので安心していて、中央の黒を攻めながら右辺になだれ込む手を考えていたのだ。
 小嫦娥は平気な顔で白2目を抜く。小龍女なら「えっ、アタリよ」というのだが。
 打ち上げられて、タネ石を取られたことに気が付いた。ウワー、オワだ。
 ネット碁ではよくあるが、対面碁ではめったにない(かな)見落とし。取ったはずの黒石が活き返り、五十以上も違いそう。

 投了の場面だが、とっさに決心がつかず、もう少し打ってみようと白2。黒2目の飲み込みを見ながら、中央の黒7目を攻めるつもり。ところが黒3と切ってきた。だがここは切れない。
 黒3の1路下にアテ、2目アタリにすると黒はつないでしまった。小嫦娥は本当に気が付いていないのか。
 そこへ聖姑と小龍女が来た。
小嫦娥と聖姑は顔見知りだが、小龍女は初めてのはず。紹介した。
「……、嫦娥というのはかぐや姫のモデルといわれていて、月に住んでいる美女です」
 実は「蟾蜍(せんじょ)」というヒキガエルだ、というのは飲み込んだ。
「龍さんは、聖姑さんのところで働いているのでしたね。よろしく」
 わたしがある会社に勤務していたとき、小嫦娥は外注先であった。ドローソフト「イラストレーター」で、本のデザインをしている。二人の荷物を見て言う。
「なあに、それ」
「食品売り場のきのうの売れ残り。それと賞味期限の切れたものとか」
「あは、賞味期限なんて、きちんと管理すれば関係ないものね」
「でも売り物にする訳にはいかないから。碁が終わったら食べましょ」
「いつも聖姑さんたちが持ってくるのか。貧しい謫仙さんが負担できるはずないもの」
 おいおい、オレだって謫仙酒を提供しているんだぞ。失敬な。
 隣で聖姑と小龍女が対局を始める。こちらも再開である。

 白3・黒4、この時白5の手がある。これで取り戻したうえ、更に取石を増やした。これで勝負になったと思う。
 こんなに難しく考えず、白3のとき、白4でよかった。先に白5の手が浮かんだので、こうなってしまった。
 小嫦娥は動ずる風もなく、中央の黒を嫦娥奔月で逃げた。
 わたしは右辺星下に打ち込んだ。小嫦娥は低く貂蝉拝月で応じる。
 謫仙喝酒には文君当炉、落花流水には楊妃酔酒、詩仙在楼には玄機献詩。明らかに取りかけにきている。
 老虎渡河には昭君出塞、最後の狙い百花錯拳にもきっちりと文姫帰漢。わたしは投了した。
「黒2ツギは読み間違い?」と問うと、
「このままで終わりにしてしまうのも何ですから」と意味不明の言葉。

 碁会が終わると小嫦娥が「勝たして頂いたのでお土産。飲んで」と取り出したのは、「貂蝉拝月」ではないか。紹興酒の小さな瓶(かめ)である。大きな瓶ならば、紹興あたりでは嫁入り道具のひとつになる。
 紹興酒は糯米(もちごめ)で醸す。水は紹興市の西にある鑑湖の水でなければいけないという。
「謫仙喝酒(たくせん酒を飲む)」の一手だ。まろやかな味だった。

謫仙(たくせん)

(2007.12.8)


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