「囲碁はスポーツだろうか」~囲碁歴半年の元陸上選手為末氏の問い掛けに議論白熱

『AERA』最新号(9月22日号)巻末ページにちょっといい話。2012年に陸上選手を引退後、スポーツと社会をテーマに活動している為末大氏(400メートルハードル日本記録保持者、3大会連続で五輪代表)の連載コラム「Discussion(為末大×AERA白熱ウエブ)」で"アジア大会の競技「囲碁」はスポーツなのか"と題して議論のエッセンスを紹介してくれた。為末さんがニュースサイト「ハフィントンポスト」で上記テーマを問い掛け、それを受けて投稿された代表的なコメントをまとめている。

為末さんはわずか半年前に囲碁を始めたばかりなのに、「素人ながら自分が上達する自覚や、一緒に始めた仲間と時間を共有できる楽しさを感じることができるとても奥深いゲーム」と認知した。さらに2010年のアジア大会で囲碁が競技種目にされたと知ると、「囲碁が果たしてスポーツかどうかは意見が分かれるのではないか」とさっそく問題意識を抱く。為末さんはきっと"囲碁に向いた人種"だろう。「スポーツ」の基本定義を熟考し、①勝ち負けがある②ルールがある③時間と空間に制限がある――ことと見なし、その意味から囲碁をどう位置づければいいだろうかと上記サイトで問い掛けた。

代表的な回答は以下の通り(「肯定論」は●、「否定論」は▲、「そもそも定義に疑義」は◆)。

●為末さんの定義は「競技」について。「スポーツ」を定義する重要な要素である「個人(または個人の集合体)の肉体の能力向上に資する」という性格が抜けている。これがなければじゃんけんやにらめっこもスポーツになり得る。「食べるエネルギーの3分の1を消費する脳という肉体機能の向上につながるゲームならそれはスポーツ」と考えるのが語源国である英仏では一般的。「囲碁」は勝敗が明確に決まり、脳の広範囲な鍛錬とその集積を駆使する知的ゲーム。マインドスポーツとしてはもちろん、(脳をフィジカルと考えれば)フィジカルスポーツとも言える。

●旧ソ連などではアマチュア無線も「ラジオスポーツ」として扱われていた。さほど体を動かすことはなくても、24時間耐久レースのようなもの。体でなくて精神力の戦いという意味で、囲碁もスポーツと言っていい。

▲スポーツかどうかは「肉体の非代替性」による。囲碁は碁石を動かすだけの打ち手と指示を出す策士とが別でも可能だが、スポーツは本人が自分自身で肉体をコントロールする必要がある。そもそも囲碁はパソコン相手でもできるし。

▲冬季五輪種目のカーリングは「氷上のチェス」と言われる。ならば囲碁は「盤上のカーリング」と言えなくもない。しかしチェスはあまりスポーツ扱いされていない。車椅子のような特殊な例は除くとして、いすに座ってもできる「ゲーム」という集合があって、スポーツはそこに「立って行う」という要素が加わるもうひとつ狭い集合。ゆえに囲碁は「ゲーム」ではあるが「スポーツ」ではない。

◆そもそもスポーツを定義することにどれだけの意味があるのか。要するにスポーツとは、「多数の人がスポーツとして認識するもの」としか言えないのではないか。

――議論を終えて為末さんはこんな風に総括する。「スポーツの範囲はどこまでか」という思考実験にさまざまなご意見をいただいた。こうした議論の場合、根拠を語源などに求めてしまうことが多いが、それすら取っ払ってスポーツと呼ばれるものの正体はいったい何なのかというところまで降りていけるととても面白いと思う。このように、答より思考プロセスの楽しさを味わったり学んだりする機会が日本の教育にもう少しあればいいのではないかと。

さて、ここまでおさらいしても、囲碁がどこまでスポーツと言えるのかは我がマシュマロ頭脳にはわからない。むしろ、東京五輪開催を2020年に控えてスポーツ庁創設が構想されるなどハード・ソフト面での準備が進み、スポーツと文化の振興に関心が寄せられる今、こうした議論が盛り上がるのはとても良いことだと思う。「囲碁」は「ゲーム」、「競技」、「勝負事」、仏道のように"教え"に近いニュアンスを感じさせる「棋道」、そして「スポーツ」といった多彩な分類が可能なようだ。人にしろ物事にしろ、名前や言い換え、さらに微妙な違いを言い分ける表現が多いほど大切にされ、価値が高い。為末さんは碁を知ってたった半年で、いろいろな顔を持つ囲碁をテーマに議論の場を公開してくれたことに感謝したい。

"感謝"と言えばこの夏、トップ棋士が13路盤で戦う新棋戦「クラウドファンディング十三路盤選抜トーナメント戦」を企画・主宰された政光順二さんにも改めて感謝したい。お目にかかったのはこの夏が最初だが、アマチュア囲碁歴は為末さんより大先輩、出身大学も坂井秀至元碁聖や木下暢暁(ながとき)トップアマらの先輩、数十年来囲碁サイトなどを通じて囲碁普及に貢献されたことはよく存じ上げている。大会開催日の8月31日、挨拶に立たれた政光さんは「本大会で一流プロに打ってもらうことによって、13路盤が碁と呼ぶに十分値するものであることを実証できたのではないか」?と語った。それを裏付けるように、大会には山城宏副理事長をはじめ棋戦出場以外の人気棋士が多数参加し、200名近いアマチュア棋客も集まった。忙しい現代社会にあって、ややもすると敷居が高いと言われる囲碁に親しみやすさを添え、同時に可能性や価値を高める試みとして大いに注目を集めたようだ。

もう一つ、あるいはそれ以上に評価したいのは、「クラウドファンディング」というネット時代の「この指止まれ」を初めて囲碁界に適用し、企画から資金集め、(プロアマを問わず)参加者を募り、準備時間を短縮するため時々刻々開催可能性を公開しながら見切り発車し、結局予算を上回る協力を得て開催にこぎつけた構想力と行動力。この間、プロ棋士、棋院関係者、そしてアマ愛好者に絶対迷惑が及ばないよう配慮されるなど、門外漢には想像を絶するようなご苦労があったのではないか。

為末さんと政光さんは棋歴はまるで違うけれど、アマチュアの立場から囲碁界活性化を試みた。こうした流れがさらに広がっていくことを切に祈っている。

亜Q

(2014.9.22)


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