覚さん、ありがとう

「仕方ないなりぃ」——。かささぎさんの薫陶よろしきを得て日々ノーテンキ度をランクアップさせている私は、この一言であっけなく立ち直った。やはらかく雨は降りそそぎ、陽はまた上り、年々歳々人は替われど、歳々年々また花は咲くのだ。

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覚さん、ありがとう。2ヶ月間に及んだ名人戦七番勝負、いや、リーグ戦から数えればたっぷり1年間堪能させていただきました。ウックンとの七番勝負、ことに3連敗された後の4局目からは、こんな覚さんを見たことはなかったと思うほど、鬼気迫るような打ち方にしびれまくりました。いい年をして、碁の観戦でこれほど胸が熱く切なくなったことはありませんでした。

しかし勝ち続ける戦士の休息はほんの束の間です。第25期NECカップは後3勝、第53回NHK杯は4勝で優勝(収録が先行しているので、もしかするともっといいところまで行っているかも)、第44期十段戦は3勝でチクン十段への挑戦権を得るところまできました。好位置につけている棋戦はまだあるかもしれません。

三大棋戦では、第61期本因坊リーグ入りは惜しくも枠抜け戦を落とされましたが、第31期の棋聖および名人リーグが始まります。特に名人戦リーグでは、第29期はウックンとの挑戦者決定プレーオフ、第30期は敬吾天元とのプレーオフを制してタイトル戦七番勝負を争いました。若き実力者二人と互角(あるいはそれ以上)に戦い続ける覚さんに改めて敬意を感じながら、知らず知らず「今度こそ」と力が入ります。

球界の論客、豊田泰光さん(西鉄黄金時代の立役者の一人)が新聞に連載するコラムで、ピアニストのフジ子・ヘミングウエイさんのこんな言葉に出会いました。

「確実に弾くのがいい演奏だとは思わない。間違ってもいいから、他人に弾けない演奏をしたい」——。

他人にはできそうもないその演者ならではのパフォーマンスや、再現性があろうがなかろうが突発的に飛び出す離れ業を見たり聞いたりする機会に遭遇すれば、思いがけず人の世の至福を味わった気分です。

世界のトップ棋士が束になっても打てない「覚の世界」をこれからも切り拓かれて、今後も私たちの目を見張らせてください。もう一度、ありがとうございました。

亜Q

(2005.11.13)


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