花はどこへ行った

 野に咲く花を乙女が摘んで兵士に捧げる。
 若き兵士は戦場で命を落とし、墓に埋められる。
 墓の周りには再び花が咲き、乙女がそれを摘む…。

 ピーター・ポール&マリーは、巡り巡る人の世を花に託して謳い上げた。

 棋士にとっての「花」と言えば、もちろん棋譜でしかあり得ない。普通の対局は観客も放送もないから、残された棋譜だけが(舞台を得れば)鑑賞される。棋譜は日本棋院が誕生する前から、手合いの数だけ創作されてきた。今や毎年数千の棋譜が生まれ、有史以来の累計は数十万にも上るだろう。

 データは膨大でも、コンピューターのおかげで保存も管理も楽になった。対局棋士や布石の違いに応じて分類は自由自在だし、検索もお手の物。でも、アマチュアの目に触れるのはリーグ戦やタイトル戦などほんの一握り。中身は知らされないまま、勝敗結果と戦績だけが報道されるに過ぎない。

 棋譜はどこへ行ったのか?ひっそり死蔵されているだけなのか——。

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 日本棋院発行の『週刊碁』は最近、「’06名手発掘」と題する連載を始めた。報道しきれない予選手合いの中から「これぞプロ!」と言うべき名手を拾い上げ、トッププロの解説で紹介している。若手、女流からベテランまで、なかなか表舞台には登場してこない棋士が取り上げられることが少なくない。アマチュアなら見逃してしまいそうな着手や手順も、覚さんや立誠さんが説明してくれるから価値がわかる。地道な努力を重ねる“目立たない棋士”にとってもうれしい企画だし、一層やる気が湧くのではないか。

 もちろん棋譜は人間の創作物だから、意欲が空回りした失敗作や我ながら精彩がなかったと認めざるを得ない駄作も少なくないだろう。でも、名作は拾い上げられ、アマチュアにも紹介されるべきだ。いっそ、その年の名作を表彰したらどうか。受賞棋譜はいちいち紙情報にして出版すると手間も経費も時間もかかるから、ネットで公開して解説を有償で提供したらどうか。私のようなザル碁アマでも、お墨付きを得た棋譜なら並べてみたくなる。

 だいぶ前に本ページで私は「技芸大賞」の制定を提案したことがある。恐縮だけれど、同じことを繰り返させて欲しい。

 ただし、審査委員にトッププロを駆り集めても、序列をつけるのは大変。三段階ぐらいの緩い分け方が妥当かもしれない。「金メダル」5〜10程度、「銀メダル」20程度、「銅メダル」30程度に絞り、初春のボーナスになる程度の賞金を与えたらどうか。対象が棋譜だから、対局者2名が賞金を折半してもいい。仮に金メダル100万円、銀メダル50万円、銅メダル30万円とすると、賞金総額と必要経費を合計しても経費は3千万円程度。

 これなら囲碁に理解のある中小企業や団体でも手が出るだろう。資金をファンド化してアマチュア有志の献金を仰ぐ方法もありそう。献金と言えば、内閣総理大臣や経団連会長さんにお願い。“美しい国ニッポン”を目指すなら、「政治献金」よりも「文化献金」を重視して欲しい。もちろん、文化は囲碁だけに限らないが。

亜Q

(2006.12.25)


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