青江又八郎氏の愛妻記

激務の毎日を送る私にとって、家庭こそ最上のオアシス。妻子の微笑み、 手作りの料理にどれほど癒されることか。 だから私は家庭には外のトラブルは一切持ち込まない。 幸い、妻子も私の多忙をわきまえて面倒な相談事などは極力避けるようにしてくれる。

そんな私の趣味は学生時代からのめり込んでいる碁。 五段を目前にしてなかなか打つ機会が得られないのが残念だが、 妻には数年かけて碁の手ほどきをした。 初めはしり込みしていた妻も最近は負ける悔しさを覚え、 実力もようやく一ケタクラスの級位者になった。

そんな妻がある晩、仕事に疲れて帰宅した私に珍しく何かを訴えたがっている。 自分からは言い出せないが、いかにも聞いて欲しい――私だけにはわかるそんな表情で。

「何かあったの?」努めて軽い調子で訊ねた私に、妻は堰を切ったように話し始めた。 何やら、昼間通っている囲碁教室の先生に叱られたらしい。それも1度ならず2度までも。

1回目は三人の生徒が並んで受けた指導碁の最中。 「青江さん、私が見ていないからといって、2手連続して打ってはいけませんよ」。

そして2回目は終局後。「どの着手が敗因だったかわかりますか」と聞かれて、 即座に先生のきつい1手を指差し、「この手が悪いんです」と答えたらしい。

妻と私はそろそろ銀婚式。上の子供は大学受験を迎えたが、 いつまでも無邪気で天真爛漫な妻に私は心底惚れている。

K

(2002.2.7)


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