「国際棋戦に勝つ」ことも大切だけれど

 囲碁情報の草分けサイト『囲碁データベース』が国際囲碁普及を巡る韓国の2つの話題を紹介していた。

 一つは、韓国に囲碁留学して3年間修行を続けていた元ハンガリーチャンピオンのティエナ・コセキさんが韓国棋院の初段に認定されたとの東亜日報の記事(1月7日付)。ハンガリーと言えば、情報理論やコンピューターの基礎を築いた天才科学者フォン・ノイマンを生んだ国。近い将来世界を制覇する棋士が現れても少しも不思議ではない。ティエナ新初段がその礎になるのだろうか。「欧州への囲碁普及のために必要な人材だから推挙した」との韓国棋院関係者の声も興味深い。韓国棋院はこれと合わせるように、ロシアで囲碁普及活動をしているロシア出身の2人の棋士を三段に昇段させたそうだ。

 実はこのティエナ(ディアナ)さんは2001年の夏に千寿会を訪問されていた(右はそのときの写真、こちらを参照)。日本で院生修行をしたいと言っておられたのだが、どんな事情だったか、韓国に籍を移したらしい。なかなかチャーミングな女性だったのにちょっと残念だ。

 もう一つは、韓国囲碁リーグがベトナムでアジアンツアーを開催したとの『韓国棋院ニュース』の報道(1月13日付)。韓国の銀行と囲碁テレビ局が主催して、囲碁と接してまだ10年ほどにしかならないベトナム市民と韓国のプロ棋士が交流を深め合ったという。

 人類が生み出した文化資産の中でも最高傑作の一つと数えたい囲碁を、いまや最強国にのし上がった韓国が国を挙げて国際普及に取り組む姿勢は好ましいし、率直に敬意を払いたい。中国も囲碁を頭脳五輪の種目に乗せるよう様々な形で取り組んでいると伝えられる。棋力だけでなく、もしかすると日本は囲碁国際普及の主導権も韓国・中国に取って代わられるかもしれない。

 過去10世紀もの間ほぼ独占的に囲碁を育て、世界に種をまいてきた日本は、韓国、中国とは比べものにならないほど莫大な投資と献身をつぎ込んできたはずだが、その割には目立たない。故岩本薫本因坊をはじめ、藤沢秀行名誉棋聖、現代では欧州に定住してボランティアで活動を続けた重野由紀二段、そして昨年から国際交流使に任命された小林千寿五段らの献身的な活動は周知の事実だが、個人の貢献におぶさる形になったり、棋院の活動も結果的に一過性に終わったり、蓄積効果がいま一つと感じるのは、半可通の私のきっと偏見・杞憂だろうと思うが。

 その意味で、千寿師匠が欧州で発掘し、手塩にかけて育てたドイツ出身のハンス・ピーチ追贈六段が海外普及のさなかに凶弾に倒れたのはまことに残念、不運でもあった。彼はアマチュアのファンからばかりでなく、謙虚で誠実な人柄が棋士仲間からも好かれた、まさに生まれながらの“交流使”だった。

 今年も恒例の「打ち初め式」が1月5日、日本棋院で行われた。初めに挨拶に立たれた岡部理事長(写真右)、大竹副理事長は異口同音に「国際棋戦に勝つ」ことを新年の目標に掲げた。もちろん異存はない。国際棋戦があるたびに、私だって弱い頃の阪神ファンと同様、切なくも苦しい感じをたっぷり味わう。

 でも、勝負の結果にばかり目がいくのはいかがだろう。早い話、日本がいつも勝ってばかりだとしたら盛り上がるだろうか。3度に1度は韓国、中国の大きな壁をこじ開けて日本が勝利し、さらに台湾や欧米その他の国から大天才が現れて世界を制覇する、それをまた日韓中が追うといったスリリングな状況の方がきっと面白いはずだ。たまに海外に出かけ、碁とは無縁のような国で思いがけず碁を通じて現地の人と交流し合うなども味わい深い。国際棋戦の勝ち負けはあくまでも「覇道」、国際普及こそ「王道」。日本がその中核であり続けるなら、これからも末永く囲碁最先進国の座を維持していけるだろう。

亜Q

(2008.1.15) 


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