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「2016年千寿会日程表」を掲載(2016.1.24)
「祝・グロービス杯」、「碁敵の小癪な策戦」、「プロとトップアマが琴線に触れ合う~2014年打ち初めから」、「少年三連星」、「晩婚三連星」、「2013ファンフェスタin箱根-Second」、「子育て成功の尺度」、「玄妙!3人連碁」を雑記帳 に移動(2015.9.24)
「文化交流使フォーラム2014」をにゅーす・おしらせに移動(2015.9.21)
「2015年千寿会日程表」
を修正(2015.9.21)
「2015年千寿会日程表」を掲載(2015.1.20)
「中国の碁のルールの変遷 追記」、「ハンスピーチメモリアルトーナメントに参加して」、「道策生家」、「昭和は遠くなりにけり」、「松江囲碁研修旅行記」、「隅のマガリ四目」、「扇子遣いの好敵手」を雑記帳 に移動(2015.1.2)


ハンス・ピーチ六段 追悼ページ
皆様からの投稿(雑記帳、質問、意見等)大歓迎、 までメールください

美魔研究会

先日の千寿会のゲストは初登場の岡田結美子六段。棋界一逸話が多いのではないかと思われる故安倍吉輝九段の娘、岡田伸一郎八段の妻、そして、二女一男の中高生の母でもある。おっとりとした口調で指導碁の解説をしていただいた。その後の恒例の飲み会にもつきあって下さり、いろいろと楽しいお話を聞かせていただいた。

その中から一つ。あるとき、伸一郎、結美子夫妻が千寿先生のところに遊びにきたときのこと。結美子氏が、「子供の爪が全然伸びないのよ。母乳で育てているので、カルシウムが足りないのかしら」と。ぽつりと伸一郎氏が「いつも僕が切っている」。棋界では料理ができる男性棋士から順に女性棋士に売れていくそうである(どうりで、聖健先生がなかなか売れなかったはずである)。

最近、女流棋士だけの研究会を結成されたそうである。青木喜久代八段が代表で、結美子六段や吉原由香里六段など多くの女性棋士が参加されているらしい。研究会のために日本棋院の部屋を借りるとき、貝の名前を決める必要があり、美しく妙齢のという意味で「美妙研」という案が出たそうである。字面はよいが読みが今一なので却下となったそうである。そこで決まったのが、表題にある「美魔研」読んで字の如しである。この美魔研で、もうすぐ始まる本因坊戦挑戦手合の第一局の解説会を二日目(5月10日)に市ヶ谷棋院で開催されるということである。時間のある方はぜひご参加を。

余談を。上のように日本棋院から部屋を借りているため、研究会には棋士なら誰でも参加する権利があるらしい。ある男性棋士が参加を申し込んできたらしい。いったい誰だろう。

ところでこの日の千寿会のアシスタントはその本因坊戦の挑戦者である高尾九段の奈都子夫人だった。井山さんの着物(タイトル)を一枚ずつ剥がしていきたいとのたまわれていた。

かささぎ

(2016.5.1)

古い碁石

 旧聞になるが、今年の1月30日に、千寿会では新年会を兼ねてアンティ・トルマネン君の入段祝いをおこなった。その折、ある会員が古い碁石を見せてくれた。いつ頃のものだろう。昔の碁石は今ほど磨かれておらず、あるいは時代がついて、このように汚れが目立つのか。いずれにしても貴重な品である。ただ今では使いにくい。
 わたしは漢文や書道の教養がないが、「橘齊井上因碩」は読める。
 井上家では代々因碩と名乗ったので、名前だけでは誰だか判らない。手ががりは「橘齊」である。これで隠居後に幻庵を号とした幻庵因碩、つまり十一世井上因碩と判る。
 ネットで調べると「別号として橘齋もある」とある。さてここで問題なのが「齊」の字だ。
 齊 は整えるなどの意味があり、使い方は「一斉に…」など。
 齋 は部屋などの意味があり、 使い方は「書斎」など。
 はじめに戻って、橘齊の「齊」は「齋」が正しい。
 間違えたのか、書いた当時は、「齊」が「齋」の略字として通用していたのか。

謫仙(たくせん)

2016.4.10

AlphaGo

李世ドル対AlphaGoの布石

 日本囲碁界では現在、井山裕太が七冠獲得なるか、注目されている。同時に、李世ドル対AlphaGoにも注目が集まっている。
 AlphaGoとはgoogleの開発した囲碁ソフトである。
 AlphaGoが注目されているのは、今までの囲碁ソフトの進歩が毎年一段ぐらいで、アマ六段ぐらいになったといわれ、これからが難しく、プロのレベルにあと10年と思われていたのに、なんとAlphaGoは一気にプロ高段のレベルに達したからだ。
第一局 黒 李世ドル 白 AlphaGo  勝 AlphaGo
第二局 黒 AlphaGo 白 李世ドル  勝 AlphaGo
第三局 黒 李世ドル 白 AlphaGo  勝 AlphaGo
第四局 黒 AlphaGo 白 李世ドル  勝 李世ドル
第五局 黒 李世ドル 白 AlphaGo  勝 AlphaGo
 結果はAlphaGoの四勝一敗だった。
 わたしが注目したのは、はじめの四手。
 ほとんどがスミの星で、わずかに小目。左の図参照。
 第一線はともかく、三三・天元・高目・5七・7七、なども検討しなかったはずがない。にもかかわらず、一度も打っていない。検討した結論は星が最強となったのか。
 わたし個人は小目がほとんど、たまに星にも打つ。高目・5七・7七などが、小目や星より優れているとはとても思えない。もしかしたらAlphaGoはそれを決定づけたか。
 AlphaGoの性能はどの程度か。
 公式発表数はCPUを1202個、GPUを176枚、使用している。
 ある試算によれば、サーバー利用料は2年で六〇億円。あまりに概算過ぎて、真実性が薄いが、ともかく零細ベンチャー企業では手が出ないほどの高額である。これから考えても、今までのソフトとは別物である。
 Googleでは人工知能の研究の一環として、AlphaGoを作成した。私たちが使えるようになるのは、まだまだ先の話である。
参考 AlphaGo

謫仙(たくせん)

(2016.3.18)

アンティ君の入段祝

千寿先生とアンティ君

千寿会の新年会を兼ねてアンティ・トルマネン君の入段祝いをおこなった。アンティの挨拶ははもちろん日本語。日本にきて合計で3年弱しかたたないが、日本語は敬語も含めてほぼ完璧な受け答えである。

以下、質問と回答を覚えている範囲で。

目標は?
 とりあえず50勝すること。外国人特別採用は三段になるまではいわば仮免期間で、1回戦の手合料も半額という取り扱いである。二段になるためには通算20勝が必要で、そこから三段になるためにはさらに30勝が必要であるという理由である。もちろん、同じ段で年度の賞金獲得額で2位までに入れば、すぐに昇段できる。さらにいえば、リーグ入りすればすぐに七段である。

彼女はいますか?
  お答えできません。

好きな棋士は?
  高川秀格と本因坊秀栄。

現役棋士だと?
  武宮九段。
掛け軸は高川秀格の「流水不争先」

両親は日本で囲碁棋士になることに対してどのようにいっているのか?
  おじ(ユーコ・トルマネン)が1980年のインスブルックオリンピック90m級スキージャンプの金メダリストなので、特殊な世界で生きることに関しては理解がある。

日本は寒いですか?
  外は寒くないが屋内が寒い。日本にきて3年が経つので、今年は外も寒く感じる。

正式には4月から初段であるが、既に2月におかげ杯の予選が組み込まれているそうである。恒例の週刊碁の新初段シリーズは山田拓自八段に打っていただくそうである。活躍を期待しています。

かささぎ

(2016.2.2)

アンティ君、入段おめでとう!

アンティ君

アンティ・トルマネン君(Antti Törmänen)の入段が決まった。ファンランドからやってきて2011年10月から院生として修行を重ねていた。2012年5月にいったんフィンランドに帰り学業にけりをつけ、2014年4月に院生に復帰した。それからはAリーグとBリークを行ったり来たりしていた。今回の冬期棋士採用試験では本選からの出場がかなった。初戦でいきなりアマ名人で今回入段を果たした大表さんに勝ち、上々のスタートを切った。しかし、全15戦が終わって8勝7敗と、僅か一つの勝ち越しと、少し残念な結果となった。しかし、この一つの勝ち越しというのが大きな意味を持っていた。

日本棋院棋士採用規程というのがある。この中の細則3の外国籍特別採用棋士第4条に採用の条件として次のように規定されている。

(2) 研修期間が3年程度の場合にはaまたはb、その他の場合はcの条件を満たすことを目安とする。
a.棋士採用試験の本戦で勝率5割以上の成績
b.棋士採用試験の本戦に2回以上出場し相当な成績
c.棋士採用試験の本戦および研修手合において継続的に相当な成績

要するに、この一つの勝ち越しにより a.の項目に該当することになったということである。ただし、ここでちょっとした問題がある。「研修期間が3年程度の場合には」というところである。アンティ君の院生研修期間は合計で27ヶ月である。3年に少し足りない。ということで、少し心配したのだが、今回無事入段の運びとなった。ピーチさんが入段して以来、実に18年振りの欧米出身棋士の誕生である。対局、普及に頑張ってもらいたい。

かささぎ

(2015.12.8)

印象に残る一手―5(囲碁梁山泊過去問より)解答編

正解図

皆さまかなり苦労されたようですね。正解図をご覧ください。14-十四にコスミつけられるとしびれる(白石川さんご指摘のとおりです)のでどのように手をいれますかというのがこの問題のポイントです。どのようにしびれるのか説明します。
補足図―1 補足図―2

補足図―1のように コスミつけられると白2しかなく辛辣にきかされ目ひとつの攻撃目標ができてしまいます。

補足図―2のような抵抗はできません。要の3子が抜けてしまいます。ということで13-十三が正解です。

この手は目がたちが豊かで、黒からの利きが殆どなく、かつ10-十五のカケを見ている点で正解との事です。新じろうさん、白石川さん(再チャレンジ)が正解でした。たくせんさんの13-十四はコスミつけられると応手に窮してしまいます。亜Qさんの14-十四のタケフははっきりときかしを拒否した手ですが、目がたちが豊かでない点と10-十五のカケが無い点正解手より劣ると思います。かささぎさん(たくせんさんの再チャレンジ)の11-十五の押しは、白が3本位押してケイマに打つような打ち方はあるように思いますが、黒からコスミつけてきかされるのは何とも癪ですね。Jyunさんの右辺開きは、大場ですが急場があるという事です。

解答一番乗りの白石川さんが「しびれる」と指摘されたので、正解続出かと思っていましたが、10-十五のカケがあることを見落とされたものか、3子が抜ける手が盲点となってしまったのか結構難問でしたね。 1ケ月位休みますが、また再開するつもりでおります。

(掲載にあたっては梁山泊出版部にお断りし、PRになるのでどうぞとのお言葉を戴いています。)

梵天丸

(2015.11.12)

印象に残る一手―5(囲碁梁山泊過去問より)

囲碁梁山泊の懸賞問題について少しご説明します。全部で8問、1問25点の配点で200点満点です。序盤中盤の次の一手が4問(2問程度が5択)、詰碁、ヨセ、手筋の問題が4問(ひと段落の分かれまで記入)毎回百数十名の応募があり、名の知れた方々のお名前も散見されます。(個人名と設問別の取得点数、合計得点が一覧表で掲示されます)問題監修を武宮九段、結城九段が担当されておりレベルがかなり高い。私の最高得点は194点です。因みに我が碁敵の亜Q師は200点を取られたことがあり、何気ない会話の中にそれとなく話され奥ゆかしさを感じさせられます。(余談)

さて問題図をご覧ください。白の次の一手が問題です。私ははずしましたが、解答を見て「やはりそうか」と思いました。比較的やさしい問題だと思います。

(掲載にあたっては梁山泊出版部にお断りし、PRになるのでどうぞとのお言葉を戴いています。)

梵天丸

(2015.11.8)

印象に残る一手―4(囲碁梁山泊過去問より)解答編

アマ強豪のお歴々が大いに悩む問題でした。正解図をご覧ください。私は解答を見るまで全く思いもつきませんでした。解答のコメントとして「白が動く調子で右辺と上辺が整備されます。スケールの大きい構想です。」とありました。たしかに問題図の局面は上辺から9-四と打ち込まれると弱い石が2つできこれは避けたいし、右辺も17-八と一杯に詰められるといやな局面です。これを同時に緩和する黒1は「へーなるほど」と感じた次第です。

この問題大変難しく、皆さまの解答を云々する力量はありませんが、思いつくままに以下コメントさせて戴きます。因みに私は18-二と解答しましたが25点満点中19点だったと思います。18-二が劣る理由は(私なりの解釈ですが)やはり9-四の打ちこみが嫌でしょう。18-二を打った手前黒は攻めてきますが、白は出切っていく手や5線を押し切っていく手などがありひと段落すると9-四の打ちこみが光るように思います。

かささぎさんの再チャレンジの手13-七はニヤピンですね。かなりの高得点のような気がします。ただ上辺の戦いになった時は2間トビには劣りますね。あとの解答(亜Qさん、新じろうさん、白川石さん、たくせんさん)は、「18-二でない、14-二でない。再チャレンジ願います」との私のプッシュに無理やり解答をして戴いたものばかりでコメントは控えます。

この解答、目からウロコの類ではないけど、私の印象に強く残っています。
次回は閑話休題、比較的やさしい問題を出題します。

梵天丸

(2015.10.28)

印象に残る一手―4(囲碁梁山泊過去問より)

囲碁梁山泊という雑誌があることは皆さまご存じかと思います。懸賞問題のレベルが高く毎回応募していますが満点を取った事はありません。詰碁とかヨセの問題はかなり高度ですが、時間にまかせトライアル&エラーを繰り返すと何とか納得いく解答までたどり着けないこともないのですが、布石や中盤の次の一手これがなかなか手ごわい。そんな梁山泊の過去の問題のなかで「へーそうなの」と解答を見て感じた問題を出題します。

毎回満点解答者は数名いらっしゃり、常連のお名前もありますので、やさしいと感じる方もいらっしゃるとは思いますがお付き合いいただけたらと思います。

さて第一問です。黒の次の一手はどこでしょうか?この局面結構広いので有力な解答は何手かあり、優劣はその後の打ち方次第かもわかりませんが、解答を見たとき「へーなるほど」と感じました。ノーヒントでお願いします。

(掲載にあたっては梁山泊出版部にお断りし、PRになるのでどうぞとのお言葉を戴いています。)

梵天丸

(2015.10.22)

指導碁 印象に残る一手-3(Y6段編)解答編

正解図

正解図をご覧ください。まず黒100(3-十八)と下がり、5-十二からの手段(実戦譜参照)を封じるべく白101、その後待望の右辺の二間ツメ黒102に回るのが正解とのことでした。下がり(黒100)がきてからの5-十二は大変厳しく3-九のキリ(黒の花見劫)を狙われるような展開もあり手は抜けないとの事でした。
実戦図(黒100-黒120)

実戦は5-十二に目がいき左辺を割って大戦果と思いましたが白105のカミ取りが大きく正解図よりも劣るとのことでした。隅は出入りできくので、左辺割るよりも大きいようです。(囲碁ソフトの計算では5目ほど正解図の方が大きい結果でした)この感覚がなかなか身につきません。

黒102のとき左辺を渡る(3-十二)のは黒に6-十一と切られて中央に大きな地ができてしまいます。

たくせんさん、白川石さん、新じろうさんは私と同じ感覚ですね。いつもぴたり正解の新じろうさんがはずして下さると出題者冥利を感じますね。かささぎさんはピントぴったりですが右辺2間ツメ(17-九)のあと白に105と切り取られると、5-十二からの手段が失われてしまいます。亜Qさん、Jyunさんご指摘の中央は、まだこの時点では隅や辺の方が大きいとの事です。

実戦経過図を補足します。白が中央荒らしたあと黒の114が決めてとなり以下白117と活きを強要し、後手ながら白3子もぎ取り、なんとか勝ちきることができました。

梵天丸

(2015.10.18)

指導碁 印象に残る一手-3(Y6段編)

Y6段との3子の指導碁です。黒は大分餅を食わされています(凝り形です)。白もジリジリ追い上げてきていますが、まだリードしていると思います。この局面(白99まで)黒の次の一手を考えて下さい。ノーヒントでお願いします。

梵天丸

(2015.10.8)

黒嘉嘉と謝依旻

 フェイスブックを見ていたら、
 不做小龍女!圍棋界的小東邪 黑嘉嘉:我因為快樂才下棋
という記事があった。その中に、
 報道機関では、黒嘉嘉を「棋界の小龍女」というが、嘉嘉は「わたしは郭襄」という。
 とある。
 どれほどの人がこれでイメージが沸くだろうか。武侠ファンには、郭襄は小東邪の名で親しまれている。わたしも黒嘉嘉さんは小東邪のほうにイメージが近いと思う。
 当HPの読者諸兄諸姐においては、わたしが少しながら紹介しているので、イメージが沸くかも知れない。
金庸小説美人番付
倚天屠龍記の碁
 謫仙楼対局というでたらめな話で、イメージが狂ってしまった人の方が多いか。
 小説では神鵰侠侶(神鵰剣侠)と倚天屠龍記に出てきます。
 現在、黒嘉嘉六段は台湾の女流トップ棋士。
 その記事の途中にあった、嘉嘉さんが依旻姐姐(いーみんねえさん)と呼んでいる謝依旻六段の言葉、
「人生でもっとも素晴らしい碁は今打っている一局だ」
 謝依旻:「人生最好的棋,在下一盤」

 棋力はもちろんのこと、心身共に充実していて、今打っている一局に全身全霊を傾けている姿が想像できる。常に過去を超える碁を打ちたいという意欲が伝わってくるではないか。
 箱根の碁会での話。わたしの指導碁を終えた黒嘉嘉さんが、謝依旻さんに解説して貰おうと「依旻姐」と呼んだが、謝依旻さんは指導碁で考え込んでいて、呼ばれたのに気がつかないほどだった。
参考 2013ファンフェスタin箱根-Second

謫仙(たくせん)

(2015.10.4)

指導碁 印象に残る一手-2(H4段編)解答

解答図(白103-白107)

私は「白生きるために下辺の黒が強くなればいい」位の考えでいましたが、見事おお威張りで生きられてしまいました(解答図)。こうなると下辺の黒を手当てしなくてはならず嫌な局面を自覚しました。問題としては大変簡単で恐縮です。
経過図(黒108-黒124)

この後の経過は嫌な局面を意識した頑張りです。なんとか下辺の黒を先手できりあげ左辺に打ちこむことができ(経過図)、作り碁となり少し残すことができました(大ヨセ終了図)。
大ヨセ終了図(白125-黒156)

局面をリードしている(下辺の黒は白にもがいて戴けるので楽活き!)と思っていましたが、そうでないことに気づかされ、そこからの必死の頑張りがとても印象に残っています。長考を繰り返しご迷惑をかけた一局としても印象に残っています。

梵天丸

(2015.9.30)

指導碁 印象に残る一手-2(H4段編)

問題図(実戦)

H4段との2子の指導碁です。黒は接近戦を戦い2子で入った記念すべき一局です。

黒102(18-十八)の後の、白の次の2手(103, 105)を考えて下さい。問題としては簡単だと思います。私のおそまつな読みからは外れていました。

梵天丸

(2015.9.17)

指導碁 印象に残る一手-1解答編

実戦図

実戦の経過図をまず参照下さい。私は15-十五にノゾかれると継げないので4子(カナメと思いこみ)をとられてはまずいと即断し黒40と打ちました。・・・が白41との交換はいかにも損。切られた黒石を動き出しても右辺の白がしっかり生きているので得をするとは思えず、また上辺と右辺の線を白に切られると薄くなりそうで黒42と甘い手を打ってしまいました。その後の進行は黒58ではやはり17-五のコスミつけの方が大きかったようですがこれをも逃し、地合いで追いつかれ、勝ち味のない碁になってしまいました。


正解図

なんでこうなってしまったのですか?とお聞きしたら4子を軽くみる考え方を教えて戴きました。要は黒40と打たずに、17-五のコスミつけです。ノゾキにはつがず生きておくと4子の取りは残りますが大寄せの手との事でした。しんじろうさんは大正解でした。彼は県代表経験者ですがこのクラスになると感覚的におわかりになるようです。(脱帽)かささぎさんの16-十三ノゾキは白16-十二のツギと替わって損で結局後手をひくのではと思います。たくせんさんは手抜きはすばらしい発想と思いますが白に簡単にさばかれそうです。亜Qさんのツギは打ちたいところですが覗かれて継いでしまうと下辺白からハネ継がれ死んでしまいます。

カナメ石は時々刻々変化していて、黒が生きるために右辺の白を生かした時点で軽く見てもいい石となっていたようです。4子を軽く見る発想はいい勉強になりました。

梵天丸

(2015.9.10)

指導碁 印象に残る一手-1

長らくのご無沙汰でした。千寿会では沢山のプロ棋士の方々に指導碁を打って戴いております。その中から私が印象に残る一手を、思い出すままに投稿させて戴こうかと思います。

先生に打たれた全く想定外の一手、ご指導の言葉に深く納得した一手、中には勝利を引きよせおほめ戴いた一手など、聞きたくもない自慢話もでてくるかと思いますが、お付き合い戴き、参考にして戴ければ幸いです。

まずはT二段との3子の指導碁です。黒番です。白23のトビに黒24と飛んだのがやや問題で25の点に曲がって白の一間トビとかわってから黒24とトベば窮屈な思いをせずにすみました。黒は閉じ込められてしまいました。次の一手(黒40)はどこでしょうか?我と思わん方は掲示板に解答をおよせください。解答数に関係なく1週間くらいでアップしていきます。

梵天丸

(2015.9.3)

「日本のいちばん長い日」半藤一利著

最初にいっておくが、この本には囲碁の話は一切出てこない。なぜここにこの文章を掲載したのかは後を読んでもらいたい。この本はしばらく前のFM Nack5(埼玉のローカル放送)のHYPER RADIOの中の「BOOKING」のコーナーで紹介された。昭和20年8月14日正午から同15日正午までを1時間ごとに綴った実録で、元祖「24 -TWENTY FOUR-」である。終戦時に何かあったことは知っていたが、具体的にはよく知らなかったのと、ラジオの紹介が面白そうだったので図書館で借りてきた。

本文を読み終え、あとがきを読んでいたら、インタビューした方々の所に、塚本清(塚本總業社長)という名前が出てきた。本文を読んでいるときには読み流してしまっていたのだが、宮城事件を収めた東部軍管区司令官田中静壱陸軍大将の副官として登場していた。塚本清氏は塚本素山という名前の方が通っている。千寿会の例会がおこなわれている塚本素山ビルの名前にもなっているように、塚本總業の創設者である。現在の社長の塚本清士郎氏は素山氏の長男である。

私はピーチさんの偲ぶ会のときに一度だけ清士郎氏にお会いしただけであり、棋力も人柄も存じ上げない。ただ、ピーチさんを始めとする多くのヨーロッパからの院生を寮に住まわせたり、ビルの中に囲碁倶楽部を作り千寿会に提供していただいたりと、囲碁への貢献は多大である。

蛇足ではあるが、この本は2度目の映画化がなされ、8月8日に封切られる。ちょうど戦後70年、この機会に当時の日本を振り返ってみるのもよいかも。

かささぎ
(2015.7.19)

チャバ君からの便り

元院生のハンガリーのチャバ君(写真の右端)から写真がが届いたので紹介します。碁盤に向かい合っている右側はチャバ君の娘のアリーナちゃん、対して左側はチャバ君の奥さんの甥のバルナ君。二人ともまだ3才になっていませんが、真剣なまなざしですね。バルナ君の向こう側でうつむいているのは、こちらも元院生のチェコのオンドラ君です。

かささぎ

(2015.6.1)

日本文化発信パフォーマンス「海外から見た日本文化」

千寿先生が会員になっておられる文化庁文化交流使の会が表記催しを主催されます。海外や国内で活動実績が豊かな文化交流使経験者が培った経験を広く、日本、世界の文化発展に役立てるため対談と実演をいたします。ご興味ある方はぜひご参加下さい。詳しくはこちらをご覧下さい。

かささぎ

(2015.3.16)

高尾天元就位式

2月20日に行われた高尾天元の就位式に招待していただいたので、参加してきました。会場は日比谷松本楼。高尾天元の楽しいスピーチをビデオに撮ってきましたので紹介いたします。高尾ブログにスピーチ原稿の写真が掲載されていましたが、もちろん本番は原稿なしです。

かささぎ

(2015.2.23)

中国の碁のルールの変遷 追記 の訂正版

 2011年5月に中国の碁のルールの変遷を書いたが、そう書いてあるコンテンツがあったという報告で、内容の検証はしていない。その中に次のような文を、多少の疑問を感じながら書いた。

 この中で、180.5を基準とするのは、清末と思って今まで書いていたのだが、三の明代にはもうあったという。石+地を数えるようになったのは、近年と思っていたが清末だという。
 戦後の棋士の文に、中国ルールに言及していて、「切り賃」が出てきた。それで切り賃がなくなったのは近年だと思っていたのだった。おそらく清末に完全に切り替わったのではなく、実際には戦後まで、切り賃のあるルールが主流だったのではないか。

 王銘琬(おう・めいえん)九段が、メイエン事件簿(注:現在このHPは無くなってしまった)で戦前の中国ルールについて触れていた。
 台湾では填空法(日本ルール)と数子法(中国ルール)が同時に行われていた。
 台湾でのルールは「数子法」のときは、最後に黒が打つと黒から一目引き、結果は日本ルールと同じになったという。


 2015年2月7日の千寿会に、講師として王銘琬九段が来てくれた。
 わたしは用意しておいた、今までの数々の疑問を訊いてみた。
 上の台湾での、「最後に黒が打つと黒から一目引く」数子法は、ご当地ルールではなく、昔の一般的なルールだったと言う。
 中国ルールと日本ルールの差はいろいろいわれているが、「最後に黒が打つと黒から一目引く」ことは、王銘琬九段が書くまで見た聞いたことがなかった。結果がおなじなら、両ルールの混在が許されるわけだ。
 このことは中国ルールと日本ルールを比較する時において、是非付け加えて欲しい説明である。数え方の差のもっとも判りやすい説明であるからだ。
 さて、そのことが判ってみると、
   還珠姫の碁
   還珠格格の碁
   天龍八部の碁
   中国の碁のルールの変遷
 で書いた数え方の疑問が、ほとんど解決するではないか。
 それからなぜ日本ルールから中国ルールに変わったのかについては、「中国の碁のルールの変遷」の内容と同じ説である。

 元明のころ民間では賭け碁が盛んになる。ハマを巡って問題が起きやすい。そのためはっきりしたルールを求めた。その結果数子法ができたのではないか。“廟堂君子”は填空法(日本ルール)で打っていても、“市井小民”は数子法(中国ルール)で打っていた。

 それが中国では一般化したわけだ。そのせいか、今では中国では立会人が整地して数える。
 日本ではそれぞれが相手の地を整地して数える。それはお互いがごまかさないことを前提としたルールである。


 戦前のルールが本当に日本ルールと同じか、確認してみた。五路盤なので25目、半数は12.5である。

 白10で終局した場合。
填空法では、黒地10目、白地5目。差は5目である。
数子法では、黒石5+黒地10目=15目。白石5+白地5目=10目。差は5目で2.5子に相当する。
現在の計算方法では、「15-12.5=2.5子」、で問題ない。

 黒11で終局した場合。
填空法では、黒地9目、白地5目。差は4目である。
数子法では、黒石6+黒地9目-1(黒で打ち終えたので)=14目。白石5+白地5=10目。差は4目で2子相当である。
「14-12.5=1.5子」、という現在の計算法では同じにならない。
「黒15-12.5-0.5子(1目相当)=2子」と計算することになる。
 数子法が出現したいきさつ(填空法で計算されていたときに、数子法が出現した)から、白黒の差で計算したと思われる。
 これ以外にも、切り賃とか、セキのダメとかの問題もあるが、それも含めて具体的な方法は枝葉末節。考慮の外。基本的な考え方が判り還珠格格の疑問が解決すればよい。

謫仙(たくせん)

(2015.2.17)

「彩雲国物語」の碁は

雪乃紗衣   角川書店   2003.10~2011.7  全十八巻

 彩雲国(さいうんこく)物語は中華風ファンタジー。名前や制度などが唐に似ている。しかし同じではない。あくまでも唐風だ。後に漫画になり(見ていない)、アニメになっている。
 わたしはネットでアニメを先に見た。面白いのだが、ローマ字字幕なのであちこちで混乱してしまった。とにかく人物が誰が誰だか判らない。10回目あたりから中国語字幕になって、ようやく名前の区別がつくようになった。途中で終わる。
 日本語では彩雲国は王国で王は主上と呼ばれるが、中国語は帝国で皇帝は皇上と呼ばれていた。

 あらすじはウィキを引用する。
 架空の国、彩雲国を舞台に名門紅家直系長姫ながら貧乏生活を送っている紅秀麗が、あるきっかけで「官吏になりたい」と一度諦めた夢を追い求め叶えようとする物語。
 昏君(バカ王)を演じていた劉輝や王の側近である絳攸らの尽力によって官吏となるも、州牧に大抜擢されたかと思うと冗官(無位無官の官吏)に落とされるなど、毀誉褒貶の激しい人生を送る。
 その過程で建国にもかかわったとされる「彩八仙」にもかかわってゆき、最期には王からの寵愛を一身に受け妃となり、女児を産み、その短い生涯に幕を閉じ終劇となる。


 原作があることを知り、図書館で見つけて読んだ。ようやく、意味が理解できた箇所が多々。
 初めは官としての出世競争かと思った。紅秀麗本人は、官となって世の中をよくしたい一心であり、まわりの人を応援したりするにしても、形は出世競争になる。
 それで紅秀麗は無意識だが、派閥争いに巻き込まれる。官である以上仕方ない。しかし、王の臣としての派閥ばかりではなく、国試の官僚と貴族の勢力争いでもあり、地方閥の争いでもあり、さらに大きく王派と非王派の争いでもあった。なんと王族にも王を認めない高官がいる。腹の中では“王位継承順位は私が上だ。王位をよこせ”と。
 大官長老は王を人形くらいにしか思っていない。
 それらの争いも明確に区分される訳ではない。下の者は争っていることにも気がつかないほど曖昧だ。
 遠大な計画で、王の側近が次々と左遷されていき、王の手足となる官僚は、少女の紅秀麗ひとりとなってしまう。ただし紅秀麗は専任の仕事があり王のそばにいる訳ではない。
 そうなってはっと気づくのだった。

 静蘭はこういうやり方が絶妙にうまい人を知っていた。
(この、詰め碁のように隙のない勝負の仕掛け方-)
 静蘭が何度挑んでも、ついに一度も勝てなかった。どんなに先を読んでもさらに先を読み、とっくに負けていることさえ静蘭に気づかせずに勝負を決めた。


 短い文章ながら正確。ここ以外にも何カ所か「碁を打った」などという記述があるが、実際の打碁の記述はない。著者は碁を知っていそう。特に「とっくに負けていることさえ静蘭に気づかせずに…」に迫力を感じる。
 それから、「手元に碁石がなかった」という表現もある。信頼できる頼める人物がいないの意味。

 言葉は平成語も多く使う。
 半端ない。頑張れよ自分。ちょううれしい。いーじゃん。こんな言葉がつぎつぎと出てくる。「わたしのが強い」これはちょっと考えてしまった。略されているのはどうやら「方が」らしい。つまり「わたしの方が強い」だ。
 それでも、親の世代は高官らしくきちんとした言葉を使う(でもないか)。難しい漢語もそれらしく使いこなし、多くは仮名を振っている。「常用漢字」には吹き出したが、彩雲国でも「常用漢字」はあるだろう。

 全体的に、後から「実は……」ということが多い。それで矛盾していないか、心配になってくる。
 物語は面白かった。よくぞここまで構想できたと感心してしまう。ところどころで、ラノベとは思えないほど、深い洞察を示す。
 結局、現王と紅秀麗の夢が実現したといっていいのではないか。戦はせずできる限り人は殺さず、平和で豊かな世界を目指した。女性にも活躍の場を与え、人の平等を目指した。
 紅秀麗が夢に向かって疾走する。それを読者は見守ることになる。

謫仙(たくせん)

2015.2.3

星空のカラス

モリエサトシ   白泉社   2013.2

 先日日本棋院の二階で見つけ、五巻そろえて買った。囲碁漫画である。
「会員割引になりませんかァ」
「棋院発行の本なら割引の対象なんですけど」
 少女マンガらしく恋愛ものだ。かなり碁に詳しい人が書いたと思う。ヒカルの碁が入門から始まったが、こちらはプロ入りを目指すところから始まっている。
 けっこう面白いと思った。
 ヒカルの碁と比べると物足りないが、ヒカルの碁ができすぎだったので比べるのは酷だ。
 特徴はというと、主人公ほか数名以外はほとんど同じ顔。極端に言えば、名前を呼ぶ人がいないと誰だか判らない。そして、駒割がごちゃごちゃしていて、見にくいのは問題かな。
 いきなり話が飛ぶこともあった。一ページ抜けたような感じだ。そのためわたしには説明不足になる。
 登場人物が極端にやせていて、首が首長族(カヤン族)の特定の女性のようなのはどうだろう。慣れないわたしには気味が悪い。作者の特徴かな。
 対局時の緊張感や、各人の心の問題や家庭の問題など、引き込まれる。
 それらはともかく、続きが読みたいと思えるでき。

   …………………………………………
「星空のカラス」の時計問題
 最初は気づかず、二度目に読み返した時に気づいたことがある。
 ある時計の問題。第二巻の……あれページがない。

 中学生の全国大会で、ほとんど同時に黒が打ち白が打ち、二人の手が時計に行って、ほとんど同時に黒が押し白が押す。
 碁に詳しくない見ている人が、「あっ ぶなー」 … 「相手が押す前に押しちゃうかと思った」
と言うのだが。
 アマの大会ではよく見かける光景なのだが、ルールではどうなっているのだろうか。
 このシーンのように、白が打ってから黒が時計を押すのはルール違反と思うのだが。
 懸念の、「相手(黒)が押す前に(白が)押しちゃう」というのは、白が打ってから、(次に黒が打つ前に)白が押すことになり問題ないはず。

 打ったら時計を押す権利が生ずる。相手が打ったら時計を押す権利は相手にあり、こちらは押してはいけない、という意味のルール(具体的な文章は知りませんが)があると思うがどうか。
 アマ同士の対局で、このようなことを問題にした話は聞いたことがないのだが、あらためて考えると、この状況を「可」とするその根拠は何だろうかと思った。
 厳密に対応すれば、片方が極端に早打ちだと、相手は時計を押す暇がないということになりかねない。黒が打つ、黒が時計を押す前に白が打つ。これを繰り返されると、黒は時計を押せなくなる。
 プロの場合はどうか。多くは秒読みかあるので、このような問題は生じにくい。

謫仙(たくせん)

(2015.1.10)

気恥ずかしい表現

最近の新聞書評にこんな記事が載っていた。対象は河出書房新社が最近発刊した「日本文学全集」第一巻、日本最古の「文学」と言われる『古事記』。全集を個人編集した池澤夏樹氏が野心的な現代語訳を試みたらしい。例えばあの有名な冒頭、イザナギとイザナミの会話のくだり。

「きみの身体はどんな風に生まれたんだい」「私の身体はむくむくと生まれたけれど、でも足りないところが残ってしまったの」「僕の身体もむくむくと生まれて、生まれ過ぎて余った
ところが一箇所ある。きみの足りないところに俺の余ったところを差し込んで、国を生むというのはどうだろう」「それはよい考えね」――万事がこの調子で、「なんだかくすぐったく
なる」と書評子の佐々木誠早大教授。バンカラ男子校の高校時代に古文だか日本史だかで上っ面だけ古事記に触れた私(亜Q)だって気恥ずかしい。おおらかに率直に「ナリナリテナリアマリタル…」やら「ナリナリテナリタラザル…」とやり取りする原文がやっぱり懐かしい。

文学に限らず優れた業績やスポーツなどの表彰場面などでも、この「くすぐったさ」が表れることがある。よく見かけるのは表彰台でVサインをして見せたりメダルをかじったりするアスリートたち。ノーベル賞受賞者の天野さんはメダル本体とそっくりなチョコレートを両手に掲げて満面の笑顔を見せた。そして囲碁界では井山裕太さんが六冠を達成した際、五本指をパーの形に広げた左手に右手の人差し指を添えて「六の字」をかたどって微笑む写真(法隆寺の「弥勒菩薩」みたいだった!)をあちらこちらで見かけた。もちろん、井山さんが子供みたいにはしゃいでこんなポーズをするわけがない。天野さんだってアスリートたちだって記者やカメラマンの要請に応えて誰にも伝わるちょっとしたパフォーマンスをサービスしてくれたのだろう。でもつい最近、王座戦、天元戦と相次いで失冠して四冠になってしまった井山さんにとって、あの「六の字」写真を今眺めるのは辛いかもしれない。

思い出すのは、伝説ではなく実在の4割打者、テッド・ウイリアムスの引退試合。これでお別れの最終打席、テッドは見事なホームランをかっ飛ばしてフィナーレを飾ったが、いつも通りニコリともせずに淡々とベースを一周してダッグアウトへ戻ってしまった。天才の離れ業に陶酔し覚めやらぬ歓呼を受ければ改めて観衆の前に顔を出して手ぐらい振りそうなものだが、それもしない。打たれた相手投手を思いやり、そして「自分はプロとして当然の義務を果たしたしたまで」との冷めた自己抑制。テッドは野球という派手やかなパフォーマンスでファンの喝采を浴びる並外れたエンターテイナーではなく、孤高と完全・潔癖を目指す一介の求道者だったらしい。あるジャーナリストがこのシーンにお洒落なタイトルをつけている=「神様は返事を出さない」

再び日本の囲碁界に戻り、12月1日付『週刊碁』が11月10~11日に開かれた「第3回松竹梅囲碁の集い」の“メインイベント”「高梨聖健八段vs井澤秋乃四段」の様子を紹介していた。ご存知の通りお二人は三年前に結婚された鴛鴦棋士。新年1月11日第一子誕生の予定らしい。千寿会友の成島眞さんが創設された「夫婦杯」(11月22日決勝戦)は夫婦棋士同士が組むペア碁戦だが、これは夫婦対局。秋乃夫人は「公開対局なので楽しく打とう」と思っていたのに、黒番が当たった相手の聖健八段は第一手から“鬼気迫る形相”で真剣勝負を挑み、秋乃夫人をびっくりさせて投了に追い込んだ。聖健八段はようやく終局後になって、「プレッシャーでした」と表情を緩めたという。非公式のイベント碁でもアマチュア相手の指導碁でも真剣に打聖健八段の気合を感じさせる話だ。

写真に撮られたりテレビやネット動画で撮影されたりする時、どんな表情が好ましいのだろう。喜怒哀楽を自然に素直に表に出せばそれでいいのか、見る人へのサービスを含めて愛想を強調したり、誰にも伝わりやすい仕草や言葉を前面に出すべきなのか。逆に表情を抑制し、失意に当たって泰然、得意に際して淡々とオトナの対応を見せるべきなのか。

ご参考に供するつもりはサラサラないが、個人的には絶対「オトナの対応」に限る。つい最近参加した囲碁の一泊イベント(「松竹梅の集い」と偶然同じ箱根花月園で開催、しかも高梨八段も参加された)で私は久しぶりにお会いした関西の女性と見るに耐えない写真を撮られてしまったからだ。これからは旧友との再会であれ、一期一会の出会いであれ、聖健流「鬼気迫る形相」を貫く所存でござる。

亜Q

(2014.12.21)

日本棋院創立90周年記念式典から

10月3日、「ゆうちょ杯決勝戦」に続いて日本棋院創立90周年記念式典が東京・市ヶ谷で開かれた。会場には第39期名人戦を闘う井山裕太六冠、河野臨九段をはじめとする棋士代表、新聞各社など棋戦主催・協賛者らにおよそ200名の一般参加者を交えて大盛況。NHK杯講座を担当されたドラゴン宮崎、ドクター水間(令夫人もご一緒)、そして若手棋士による世界戦「グロービス杯世界囲碁U-20」の創設者・堀義人さん、囲碁界で初めてクラウド・ファンディングの手法で「トップ棋士による選抜13路盤トーナメント」を主宰された政光順二さん、企業経営からリタイアされたのを機に新棋戦「夫婦棋士トーナメント戦」を創設された成島眞さんらの姿も見えた。

立食形式のイベントでは、挨拶客との対応で忙殺される主役がひょっとした弾みで手が空くことがある。宴もたけなわの頃、そんな僥倖をつかんで和田紀夫日本棋院理事長にお話をうかがう機会を得たら、理事長はめっぽう人懐こく饒舌だった!「富士通杯、トヨタ電装杯といった日本主催の世界棋戦が相次いで姿を消した。囲碁界の退潮傾向をどう抑え、発展の道筋をつかむか、就任早々悩みが深かった」「そんな時、グロービスの堀さんが"おかげ杯の世界版"とも言うべき若手を主役とされた世界戦を企画された。これが大きなきっかけになった」(しかも初代優勝、準優勝者を日本が独占しました=私)「世界戦への挑戦と並行して熟年棋士を対象にするフマキラー杯、広島や会津など地域ぐるみで囲碁振興を図る棋戦も動き出し、13路盤や夫婦棋士をコンセプトに掲げた棋戦も相次いで誕生した」「これからは新聞や大企業にばかり依存するのではなく、エマージングビジネスや地域殻の支援、個人有志の吸い上げとお手伝いなど、あらゆる方法を講じて草の根的に展開していきたいきたい」(そうですね、お城碁の時代から連綿と続いた大スポンサー依存はもう古いですね)、「小学校から大学、さらに経営学校まで碁をカリキュラムに取り入れる動きも活発になりました」(囲碁の社会的使命の一つ、教育の分野も含めて理事長はきめ細かく頭を使い、気を配り、汗を流さなければいけませんね)、「皆様の熱意に引っ張られて私も楽しく務めさせていただいています」(棋院理事長が労を厭わずいろいろな所、時、場で行動されている姿を囲碁ファンも見ているでしょう。前身のNTT役員時代とは苦労も責任もまるで違って来られたと思いますが、どうぞこれからも一層のご活躍を祈ります)。

理事長との話が弾んでいつの間にか中締めの時刻。挨拶に立たれたのは石田秀芳第24世名誉本因坊。何やら最近遭遇した踏み切りでの出来事を話されていたが、耳が悪い私には今ひとつぴんと来ない。ファンが最も聞きたいことをなぜ話してくれないのだろう?そう、もちろんトップ棋士が13路盤で戦う新棋戦「クラウドファンディング十三路盤選抜トーナメント戦」の優勝報告だ。私が24世本因坊ならこんな風に話す。「このたび、図らずも新棋戦で久しぶりの優勝を飾ることができた」「たった今"図らずも"と謙遜したばかりだが、実はひそかに狙っていたのです」「出場棋士は名人戦最中の井山・河野さんを除くトップ棋士からファン投票で選ばれた16名、最年長が私、次いでチクン、メイエンさんら」「ファンによる事前の優勝予想投票では張ウさんが圧倒的人気を集め、対抗は高尾さんだったらしい」「長時間の勝負なら、確かに年齢のハンディはあるかもしれない」「でも少路盤の碁は言わば新しいゲーム。実戦に入っていかに早くコツをつかむかが鍵になる」「トシはとったが私はコンピューターと言われた男。ほかの15人に決して引けをとるとは思えない」「実はこんな手柄話をするのが本意ではない。むしろ碁は他の競技と異なり、頭が柔らかければ何歳になっても人生経験が役に立つゲームだということを会場の皆さんと共に確かめ合いたかったのです」「準決勝で闘ったメイエンさんも(囲碁マスターズ杯出場権利を持つ)熟年世代の戦友です」――といった具合。ところが24世本因坊は翌日同トーナメント戦優勝報告会が予定されていたらしく、この話は封印されていたのか。あるいはクールな印象とは違って、シャイで謙虚なご性格なのかも知れない。

ついでながらもう一つ、小林覚元棋聖と大坪英夫名誉九段(東京精密社長在席時に「女流最強戦」の創立などの功績で大倉喜七郎賞を受賞されたアマ棋客)のお話をご披露させていただこう。話題は何と「真似碁の復活(参考1参考2)」。馬齢を重ねた私から見ると、大坪さんほどいつまでも何事にも問題意識を発掘し、持ち続ける人は稀だ。大坪さんが積み上げられた仕事や学問に関することは私にはちんぷんかんぷんだが、こと碁に関する例だけを挙げても、現代碁における適正なコミ数とは、コミ6.5目における布石構想、真似碁の存在意義と効用――といった解答が難しい問題を考えておられるらしい。その結果、女流最強戦に日本で初めてコミ6.5目制を取り入れる業績も挙げられた。真似碁はどうか。半世紀も前に活躍された藤沢朋斎初代九段がしばしば用いてライバルたちを悩ませた戦法らしいが、その後日本でも中国、韓国でもあまり話題にならないからいつの間にか廃れたのだろうか。確かに相手に打たれると困るし、あるいは不愉快に思う人も多いかもしれない。朋斎九段から直接聞いたわけではないが、圧倒的に大勢を占める非難の声に屈さず、己の信ずる道を進む。 棋士の使命が棋理の究明にあるなら、真似碁はその一里塚。 茫洋とした棋理を、真似碁を利用して解明する糸口にしたのではないか。

大坪さんは真似碁の意義を肯定する立場から、小林覚元棋聖に「真似碁を実戦で試してみないか」と持ちかけた。そして覚さんはすぐさま「面白いですね」と応じた。「できれば白番が望ましい」「どうせなら、真似碁の意味を世間に広く問うために新聞棋戦が良いのではないか」「勝敗の結果が何かと微妙な場合は無理にやらないほうが良さそう」といったやり取りもあったらしい。とは言え、実践するとなると技術的な問題(例えば万が一"良い碁"にならなかった場合、普通の対局以上に非難・中傷を浴びる可能性が高い)、対局相手や棋戦関係者の意向、新聞棋戦の場合、読者の反応――等、「やっぱりやめておくか」と思いたくなる要素ばかりだ。ご両人の斬新な発想、度胸と侠気(おとこぎ)は私なりに存じ上げてはいるつもりだが、例えば少なくとも新聞の担当ライターには事前に「こんな試みをしてみたい」と非公式に打ち明けておいた方が良いかもしれない、と小心者の私は思ったりする。

亜Q

(2014.10.6)

会友・成島眞さんが「夫婦棋士トーナメント戦」を創設

千寿会のみんなから「ナルシー」と呼ばれて敬愛されている会友の成島眞さん(写真、右から2番目)が、日本棋院90周年を記念して新棋戦「夫婦棋士トーナメント戦」を創立された。成島さんは日本棋院特別賛助会員、日本棋院普及指導員、囲碁同好会「成島塾」主宰者、慶應義塾大学囲碁部OBの流れを汲む囲碁三田会幹事など囲碁界で幅広く活動・貢献してこられた。このたび長年勤め上げられた企業経営から引退された機会にユニークな新棋戦を構想され、いよいよ10月6日にスタートされる。

出場棋士は、小林泉美六段&張ウ九段、原幸子四段&依田紀基九段、小松英子四段&小松英樹九段、三村芳織二段&三村智保九段、加藤啓子六段&溝上知親九段、岡田結美子六段&岡田伸一郎八段、矢代久美子六段&金沢秀男七段、鈴木歩六段&林漢傑七段の八組16名。「ファン感謝まつり」の11月22日、東京・日本棋院での公開対局で初代チャンピオンが決まる。本命「加藤&溝上」、対抗「鈴木&林」。若い頃から「能書き上手の馬券下手」と言われていた亜Qが予想しておこう。

個人が浄財を投じて棋戦を創設した例は、馬齢を重ねていつまでも半可通の私が知る限り、独文学の大学教授兼作家で碁をこよなく愛した故・中野孝次さん(処女作「麦熟るる日に」が平林たい子文学賞を受賞し、その後「清貧の思想」「ハラスのいた日々」などがベストセラーに)ぐらいしか思い当たらない。もう10年以上前になるだろうか、「U20中野杯」を創設して若手棋士育成に役立てた(第1回優勝者は瀬戸大樹七段、準優勝は大橋拓文六段、現在は「ゆうちょ杯」に受け継がれている)。このほか、やはり千寿会会友の大坪英夫さん(プロアマ含めて数少ない名誉九段称号を持つ)も多額のポケットマネーをつぎ込んで「東京精密杯・女流最強戦」を創設され、囲碁界最高名誉の大倉喜七郎賞を受賞されたが、銀行から天下りされた大坪さんは赤字会社を超優良会社に立て直して生じた利益を原資にしているから意味合いが少し異なりそう。「夫婦棋士トーナメント戦」は「U20中野杯」以来の個人創設棋戦と言えるかもしれない。

ところで夫婦棋士(囲碁棋士同士のみ)は東京・関西棋院を含めて何組あるのだろう。上記八組以外で我がうろ覚えをたどれば、佐藤真知子二段&佐藤昌晴九段、小山栄美六段&小山竜吾六段、金賢貞三段&中根直行八段、羽根しげ子初段&羽根直樹九段、知念かおり四段&揚嘉源九段、中島美絵子二段&安藤和繁四段、菅野尚美三段&菅野昌志六段、井澤秋乃四段&高梨聖健八段、青木喜久代八段&青木紳一九段、向井チアキ女流本因坊&杉本明八段らが浮かぶ(順不同、この中には明らかな間違いや"抜け落ち"があるかも。お気づきでしたらご教示願います)。

そして夫婦棋士の真打ち、パイオニアと言えば、お二人の平均年齢が卆寿を超える杉内寿子八段&杉内雅男九段。この際、日本棋院に粋な計らいをお願いしたい。90年を象徴する大ベテランカップルと初代優勝カップルによる「90周年記念対局」を見せていただきたいものだ。

亜Q

(2014.9.28)

「囲碁はスポーツだろうか」~囲碁歴半年の元陸上選手為末氏の問い掛けに議論白熱

『AERA』最新号(9月22日号)巻末ページにちょっといい話。2012年に陸上選手を引退後、スポーツと社会をテーマに活動している為末大氏(400メートルハードル日本記録保持者、3大会連続で五輪代表)の連載コラム「Discussion(為末大×AERA白熱ウエブ)」で"アジア大会の競技「囲碁」はスポーツなのか"と題して議論のエッセンスを紹介してくれた。為末さんがニュースサイト「ハフィントンポスト」で上記テーマを問い掛け、それを受けて投稿された代表的なコメントをまとめている。

為末さんはわずか半年前に囲碁を始めたばかりなのに、「素人ながら自分が上達する自覚や、一緒に始めた仲間と時間を共有できる楽しさを感じることができるとても奥深いゲーム」と認知した。さらに2010年のアジア大会で囲碁が競技種目にされたと知ると、「囲碁が果たしてスポーツかどうかは意見が分かれるのではないか」とさっそく問題意識を抱く。為末さんはきっと"囲碁に向いた人種"だろう。「スポーツ」の基本定義を熟考し、①勝ち負けがある②ルールがある③時間と空間に制限がある――ことと見なし、その意味から囲碁をどう位置づければいいだろうかと上記サイトで問い掛けた。

代表的な回答は以下の通り(「肯定論」は●、「否定論」は▲、「そもそも定義に疑義」は◆)。

●為末さんの定義は「競技」について。「スポーツ」を定義する重要な要素である「個人(または個人の集合体)の肉体の能力向上に資する」という性格が抜けている。これがなければじゃんけんやにらめっこもスポーツになり得る。「食べるエネルギーの3分の1を消費する脳という肉体機能の向上につながるゲームならそれはスポーツ」と考えるのが語源国である英仏では一般的。「囲碁」は勝敗が明確に決まり、脳の広範囲な鍛錬とその集積を駆使する知的ゲーム。マインドスポーツとしてはもちろん、(脳をフィジカルと考えれば)フィジカルスポーツとも言える。

●旧ソ連などではアマチュア無線も「ラジオスポーツ」として扱われていた。さほど体を動かすことはなくても、24時間耐久レースのようなもの。体でなくて精神力の戦いという意味で、囲碁もスポーツと言っていい。

▲スポーツかどうかは「肉体の非代替性」による。囲碁は碁石を動かすだけの打ち手と指示を出す策士とが別でも可能だが、スポーツは本人が自分自身で肉体をコントロールする必要がある。そもそも囲碁はパソコン相手でもできるし。

▲冬季五輪種目のカーリングは「氷上のチェス」と言われる。ならば囲碁は「盤上のカーリング」と言えなくもない。しかしチェスはあまりスポーツ扱いされていない。車椅子のような特殊な例は除くとして、いすに座ってもできる「ゲーム」という集合があって、スポーツはそこに「立って行う」という要素が加わるもうひとつ狭い集合。ゆえに囲碁は「ゲーム」ではあるが「スポーツ」ではない。

◆そもそもスポーツを定義することにどれだけの意味があるのか。要するにスポーツとは、「多数の人がスポーツとして認識するもの」としか言えないのではないか。

――議論を終えて為末さんはこんな風に総括する。「スポーツの範囲はどこまでか」という思考実験にさまざまなご意見をいただいた。こうした議論の場合、根拠を語源などに求めてしまうことが多いが、それすら取っ払ってスポーツと呼ばれるものの正体はいったい何なのかというところまで降りていけるととても面白いと思う。このように、答より思考プロセスの楽しさを味わったり学んだりする機会が日本の教育にもう少しあればいいのではないかと。

さて、ここまでおさらいしても、囲碁がどこまでスポーツと言えるのかは我がマシュマロ頭脳にはわからない。むしろ、東京五輪開催を2020年に控えてスポーツ庁創設が構想されるなどハード・ソフト面での準備が進み、スポーツと文化の振興に関心が寄せられる今、こうした議論が盛り上がるのはとても良いことだと思う。「囲碁」は「ゲーム」、「競技」、「勝負事」、仏道のように"教え"に近いニュアンスを感じさせる「棋道」、そして「スポーツ」といった多彩な分類が可能なようだ。人にしろ物事にしろ、名前や言い換え、さらに微妙な違いを言い分ける表現が多いほど大切にされ、価値が高い。為末さんは碁を知ってたった半年で、いろいろな顔を持つ囲碁をテーマに議論の場を公開してくれたことに感謝したい。

"感謝"と言えばこの夏、トップ棋士が13路盤で戦う新棋戦「クラウドファンディング十三路盤選抜トーナメント戦」を企画・主宰された政光順二さんにも改めて感謝したい。お目にかかったのはこの夏が最初だが、アマチュア囲碁歴は為末さんより大先輩、出身大学も坂井秀至元碁聖や木下暢暁(ながとき)トップアマらの先輩、数十年来囲碁サイトなどを通じて囲碁普及に貢献されたことはよく存じ上げている。大会開催日の8月31日、挨拶に立たれた政光さんは「本大会で一流プロに打ってもらうことによって、13路盤が碁と呼ぶに十分値するものであることを実証できたのではないか」?と語った。それを裏付けるように、大会には山城宏副理事長をはじめ棋戦出場以外の人気棋士が多数参加し、200名近いアマチュア棋客も集まった。忙しい現代社会にあって、ややもすると敷居が高いと言われる囲碁に親しみやすさを添え、同時に可能性や価値を高める試みとして大いに注目を集めたようだ。

もう一つ、あるいはそれ以上に評価したいのは、「クラウドファンディング」というネット時代の「この指止まれ」を初めて囲碁界に適用し、企画から資金集め、(プロアマを問わず)参加者を募り、準備時間を短縮するため時々刻々開催可能性を公開しながら見切り発車し、結局予算を上回る協力を得て開催にこぎつけた構想力と行動力。この間、プロ棋士、棋院関係者、そしてアマ愛好者に絶対迷惑が及ばないよう配慮されるなど、門外漢には想像を絶するようなご苦労があったのではないか。

為末さんと政光さんは棋歴はまるで違うけれど、アマチュアの立場から囲碁界活性化を試みた。こうした流れがさらに広がっていくことを切に祈っている。

亜Q

(2014.9.22)

第21回泰書展のご案内

今年も表記書展が下記の要領で開催されます。泰書会の先代主宰者の柳田泰山氏は故・加藤正夫九段の岳父であったことから、棋士による書もいくつか展示されています。ご興味のある方は是非お越し下さい。

日時:平成26年8月28日(木)−9月2日(火)
   午前10時−午後5時(最終日は午後3時まで)
会場:上野の森美術館

かささぎ

(2014.8.13)

大ナダレ

 26日の千寿会、ユーホー先生(熊丰師叔)に教えていただいた。

 白5に黒6と這ったところ、大ナダレに。ユーホー先生いわく、
「指導碁で大ナダレを打ったのは初めて。間違えないかと心配しました」
 もちろん、わたしが間違えないか、という意味だ。一手間違えたら序盤早々に碁は終わってしまう。
 わたしは実戦で打ったのは四十年ぶり、過去一度だけ打ったことがある。
 高川秀格の「定石」で初めて定石を学んだとき、「一間高ガカリ・ケイマばさみ」定石とナダレ型を覚えた。ナダレ型は、碁会所の相手が打ちそうなので、形だけを覚えた。
 その後、「一間高ガカリ・ケイマばさみ」は常用したが、ナダレ型は忘れてしまった。
 高川秀格も、「見ただけで気の遠くなりそうな難解な手順。もちろん覚えていただかなくても結構です。…」と言っている。
  去年、なにかのきっかけで、大ナダレを再確認しておいたのが役に立った。

 この後は、黒は6の右にウチマガリ。白が4の右に切ってきたら、外側からアテる。
以下、高川の「定石」では、次の図のごとし。

 ユーホー先生は白9を黒10の位置に打ってきた。黒はその下に這う。
 結果をどう見るか。黒が実利を稼いだ形だ。
 この図を避けようと思えば、前図の黒4を5に打てばよい。

 さて、この大ナダレには新型がある。当HPの管理人かささぎさんが、「大ナダレ最新型」で細かく解説している。
 変化はいろいろあるようだ。熊丰師叔はわたしの棋力にあわせて、間違えないように最も丰判りやすい図を選んだと思える。

謫仙(たくせん)

2014.7.29

生放送ご観覧のお誘い

いつもお世話になっております。作曲家の村田真生です。

来週7/19(土)に、大橋プロのネットラジオに出演し、エンディング曲の「Monotone」(他1曲)を生演奏するのですが、もしご都合よろしければ是非足をお運びいただきたくご連絡差し上げました。

今回、会場が少々狭いため、大橋さんとのコラボは叶いませんが、レコーディング時と同じ一流の演奏家とお届けいたします。

■日時:2014年7月19日(土) 15:00~16:00
■会場:株式会社CAN内スタジオ (受付5F、会場7F)
■料金:1,000円 (1ドリンク付)
■出演:大橋拓文 (棋士)、千葉聡子 (MC)、村田真生 (Guest)
■協力:簑田真理 (Vln.)、黒田静鏡 (尺八)

※当日はNHKの取材カメラが入りますので、ご協力をお願いいたします。

尚、お越しいただける場合は、私に直接ご連絡いただくか、下記サイトよりお申し付け下さい。

http://jygshp.wix.com/jygs#!spaceman/ccrf

以上、お忙しいところ恐れ入りますが、何卒宜しくお願いいたしますm(_ _)m

村田真生

(2014.7.13)

石田章九段引退を記念して 解答編

たな晒しになっていた「石田章引退記念問題」の解答をお届けいたします。愚かしい我が論評を避けて、章先生の意見をなるべくありのままお伝えいたします。

<第1問>
◆回答;右上と右下に変則的な動きがみられる。黒14−十五で右下17-十六と受けてどうということはないし、白もまた、17−十七のツケで右上の白石を動くことができる。白17−十七から互いに打ちたいところを打つ、というのも一つの勢いとして否定できない。白の次の一手は、15-十七のカカエ。右上の白はまだ活力が残っているのに、16-十七の黒一子は死命を制され、これで白有利。見掛けより確実な地がものをいう。この形を手割にすれば、白15-十七の後、黒16-十七、白17-十七を交換したことになり、黒がひどく不利に陥ったーー。

◆実戦;右下を手抜きして白は左辺1と大場に走った。黒は2とすぐに動き出し。以下、白3、黒4マゲ、白5と進行、この後黒は15-十五とオシて中を厚くするか、11-十七とヒラクか、いずれにせよ黒は右下隅を基点として勢力範囲を広げることができる。

<第2問>
◆回答;右上隅にお馴染みの定石が白16−ニで一段落。白は黒12−四とハサまれた一子を治まり、黒は15−七と突き抜いて右上に勢力を形成。この勢力を利用して右辺へのヒラキが好点に見えるが、それでは単純過ぎで、正解は黒1と右下小目の白への一間ガカリ。まずカカリという大場を占めて、白の受け方を見て右辺へのヒラキを考える。場合によっては右辺をマグサ場にするとありました。カカリに対して例えば白16-十四と受ければ、黒は17-十一ヒラキ。白のヒラキを封じ、右辺の焦点を制していっぱいに働いた。

◆変化1;白が右下を2と一間に受けると、白の形が低いため黒17-十一ヒラキは白に響かない。また白から右辺にヒラク手の値打ちも小さくなる。つまり、右辺はマグサ場に近いため黒は右辺を手抜きして、左下でカカリ放しになっている白に黒3とカケて先制攻撃に移る。

◆変化2;一方、白が右下を手抜きして16-十と黒への攻めをうかがっても、黒は14-十七のマガリが利いて強い石。左下の小目の白に16-十四とカケて黒の方が白を攻める立場で、主導権は黒にあり。右辺こそ大場と素直に考えて黒が右下にカカラず、17-十と単純にヒラいたとすると、白は右下を15-十七とシマってゆっくりした碁になる。右下に強力な白の布陣ができれば可変への黒の作戦は制限される。シマリの威力を軽視してはいけない。

<第3問(二子局)>
◆回答;スケールが大きい模様を作っても、相手の荒らしに言いなりに受けていてはザルから水がこぼれるように地がヤセ衰える。黒の次の一手は黒1のコスミツケ。上辺の地を守る有力なテクニックだ。次いで白2とアテ込んで黒からの利かされに反発を試み、黒3と受けさせてから白4と三々に入れば右上の白は生き。しかし黒は5ハネを利かせて白6、黒7、白8を経て黒9に回れば上辺の模様は確定地に変わる。この後、白は10から出て行くしかないが、黒は11、白12、黒13と右辺も固め、白14ハネには黒15と受けて上辺にも20目以上の地を確定、二子のハンディを継続している。

◆変化;前図白6の変化。白6(15-二)、黒7、白8、黒9、白10、黒11、白12と進んで黒が13と固めれば前図と似たようなもの。また前図白4で14-二と下がり、上辺の黒地を荒らす手がかりにしようとすると、黒は13-五のアテを利かせ、白ツギ(14-四)を待って黒17-三と三々を占めれば白は目が奪われて利かされた形で辛い。

◆実戦;黒17-三と受けて、白12-二のスベリを許した。これで上辺の黒地が消え、左上の黒の厚みは7-五のキズを持つ薄い石に様変わり。こうなっては黒が勝つのは容易ではないと、章流の辛口でした。

<第4問>
◆ヒントと回答;黒は左下シマリから両翼のヒラキを打って理想的に模様を広げてきた。ここで白が黒模様に手段するとすれば、辺のツメか、消しか、中への手段か、どれが適切だろう。正解は「右下2-十六ツケで様子を見る中への手段」でした。黒がさらに5-十五や5-十あたりに固めた後では、ツケは持ち込みになる恐れがある。今でこそ、黒の打ち方によって、捨石にするか、隅で生きるかを選ぶタイミングの良い手になるそうです。

◆黒の対応1;黒1と引いて隅を守った場合。白2と打ち込み、黒3の攻めには、白4、黒5、白6と居直る。黒3で6の方から詰めるのは白3のコスミで荒らしは成功。その後、黒7、白8、黒9と下辺の模様を広げたとして、続く白10、黒11、白12までの白地がまず大きい。しかも中央の黒には4-十二のキズが残り、黒がここを受ければ白は11-十五とケイマに進出して好調。

◆黒の対応2;黒1と外側にノビる変化。白2のハイ込みの後、3-十七の生きと、黒3、白4、黒5、白6のサバキが見合いになる。続いて黒7から白8、黒9、白10、黒11、白12、黒13なら白14と黒一子をカカエて楽に中央へ出られる。

◆白の別法1;自らの模様拡大と辺のツメを兼ねる白3-八はまさしく大場。しかし黒5-十と1間に飛び上がられて黒模様のスケールが大きい。この時点で白が2-十六にツケるのではさらに黒10-十五と飛ばれてより苦しくなるから、白は荒らしのタイミングを逃した。

◆白の別法2;実戦は白4-十一の消し。続いて黒4-十オシ、白5-十一ヒキ、黒2-十二スベリまでが一つの型。黒模様は確かに制限されたけれど、中央の白二子は浮石。続いて白5-十マゲ、黒4-八トビ、白5-九ノビと補強すれば、黒も4-六とトンで白模様にもたれていく。これも白不十分だったようです。

亜Q

(2014.6.21)

ファンフェスタin箱根2014初夏

雨男を自認される特別ゲストの三村智保九段の「三日とも雨でしょう」の予想に反して、二日目の午後からは雨も止み、三日目の朝には富士山も顔を出した今回の箱根ファンフェスタだった。もちろん天候には関係なく、対局や指導碁が繰り広げられた。毎回出席して下さっている瀬戸大樹九段は、新婚旅行中だということで今回は欠席だった。開会式では、この5月31日に結婚式を挙げられたばかりの大沢健朗二段が、「まだ、結婚式以来1日しか妻と会っていません」と嘆かれたと思ったら、6月1日に式を挙げられた倉橋正行九段は「妻と別れるのは今回が初めてです」とのろけられた。その一方で、謝衣旻六段は「結婚はまだしません」と宣言された。

恒例の懇親会のイベントでは、その新婚の倉橋九段と大澤二段がそれぞれ、「さとみ」と「ひろみ」とかいたたすきを肩にペアを組んで参加者の若い夫妻と9路盤でのペア碁を行った。コミなしで、結果は参加者側の2目勝ちとなった。しかし、このたすきの裏側には「ジゴ」と書かれていた。そう、プロ側の使命はこの碁をジゴにすることだったが、それはならなかった。

イベントで一番盛り上がったのは、「夢想花」の曲に合わせて打たれた下島陽平八段と大澤二段の1曲、もとい、一局。約5分の局が終わるまでの超早碁で、「とんで、とんで、、、」のところでは着手が一間トビに制限されるというもの。さらに、「まわって、まわって、、、」のところでは清成真央初段の回転が入るものである。ちなみに、後者は囲碁とは全く関係ない。爆笑の一局はビデオに取り You Tube にアップしました。それを下に貼り付けましたのでご覧下さい。

司会:中野佑紀アマ、解説:謝衣旻六段、回転:清成真央初段、後頭部:三村智保九段。

新婚が2名参加で1名が新婚旅行中という大変目出度い今回のファンフェスタだったが、実はもう1名新婚がいた。5月15日に結婚した下島陽平八段である。再婚のため言い出しにくかったのか、参加者の前では公表されなかった。大澤二段が経営されている名古屋総本部の下に入っている囲碁カフェ「UN-CHAIN」で知り合われたそうである。奥様も碁を打つそうで、碁と碁に関する活動に対してすごく理解があると喜んでおられた。「内弟子を取ろう」とまで言ってくれるそうである。 下島八段の師匠の吉岡薫八段が多くのプロ棋士を育てられているが、師を越える師となることを期待したい。

かささぎ

(2014.6.14)

石田章九段引退を記念して

「強い方の石田」と呼ばれ、名人戦リーグ六期連続在籍、新人王2期戦連続優勝など、玄人受けする実力者として確かな足跡を残した石田章九段が、三月三十一日をもって現役を引退した(以上、5月12日付『週刊碁』から引用)。「碁はめちゃくちゃ強かった、でもお酒もめちゃくちゃ好きだった」との小林健二七段の石田章評はなかなか玄妙。章九段の碁は棋士仲間から高く評価されていたようだが、勝負より独自の美学にこだわり、この世界では敬愛心を込めて呼ばれる"キザな棋士"の典型でもあったらしい。その意味で、先輩の大竹英雄名誉碁聖(元名人・十段など)や後輩の柳時元天元・王座らと同じ系譜と言えるかもしれない。高齢化が進行する今の時代、64歳での引退は早過ぎるが、「飛び切りのカッコマン」人生をこれからも貫かれることだろう。

その石田章九段の著書がなぜか我が本棚にあった。昭和59年2月1日発行の『別冊・囲碁クラブ No.50』、タイトルは「序盤の急所~棋力は20手で見破られる」。私事ながら、当時の私は碁石に触れるのは年に数回あるかないか、棋書を読むこともめったになかった。誰かからいただいたままほこりをかぶっていた本書が今見つかったのも何かのご縁だろう。たまたまPCから2週間ほど離れることになったので、同書から序盤の次の一手を4題ご紹介して、本サイトを時折訪れていただく変人諸兄の腕試しに供したい。回答は6月上中旬になりそうだが、全題一緒に提示させていただく。皆様ふるってご回答のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

亜Q

(2014.5.18)

第1問(黒11まで);白番「手割りの解明は形勢判断に必要不可欠」 第2問(白18まで);黒番「目の付け方で大場がマグサ場にもなる」

第3問(白29まで);黒番「模様を地に変えるテクニック」

第4問(黒21まで);白番「模様を荒らすにはタイミングが大切」


千寿会とは

1994年に始まった会で、小林千寿氏を慕って集まってくる海外からの棋士志望者と、 それを支える日本人囲碁愛好家たちの交流の場です。

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